yabuun

記事一覧(18)

2018.5月の感想文

少し曇りの天候でしたが、5月の『初めてスピリチュアリズム学ぶ会』を行うために、『夙川公民館』まで行ってまいりました(^.^)今回はメンバーさんはご用事でお休みだったので、私一人で行ったんですが、厳密に言えば一人ではなく、守護霊さん、一昨年・昨年と続けて幽界へ行かれたおふくろ様と親父殿、12年前に他界された私の奥さん、そして遠くに居られる私の友人の思い……この霊的な存在の5人の皆さんと一緒に、シルバーバーチ読書会をさせて頂いたのでございます(^.^)ただ当日の現場は、何か親子さんたちの催しのための準備をされてまして、いつにもなく大勢の人たちが会場の外にも中にも集まっておられましたが、つい〝あぁこの中の一人でも、シルバーバーチに出会ってくださったらなぁ……〟と思ってしまいました(笑)早速、教室のドアには……「私たちはシルバーバーチ読書会を行っています。もしご興味があれば、飛び込みこみでも歓迎いたします。」の内容を書いた用紙を貼り出したのですが、今回は誰も入って来られませんでしたねぇ(笑)ただ、地上の人間として読書会を一人で行うことは、先輩の皆さんも通って来られた道のりです。私の場合は最初っからメンバーさんが居られますので、そぅ言う意味では恵まれておりますが、僭越ながら大事なのは、一人っきりでもその場所で必ず行うことじゃないかなと思います<(_ _)>勿論このことは、先輩諸兄の皆さんも同意してくださると思いますが、一つには霊界側に対しての意思表示にもなるんじゃないかなと、思うんですねぇ(^.^)『ほんとにお前さんは地上を離れるまで、読書会をやって行く意思があるのか?……』『生活で何があろぅとも、必ず続けて行く意思もあるのか?……』これらに対して意思を見て頂くためにも、実践をして行かなくちゃならない。読書会をするって言うのは、この意味も大いにあるんじゃないかなと思っております<(_ _)>でも昨年度中は何回かお恥ずかしながら、教室で居眠りをしてしまいました(>_<)その頃はそれも仕方ないと思っておったんですが、その頃からまだ数カ月しか経ってなくても、今の自分はそぅいぅわけには行かないもんですから、今回はキッチリいたしました(^.^)ま、睡魔に襲われたのは確かですけど(笑)まぁでも、こんな話しをするってことは、まだまだですじゃねぇ……とにかく午後4時まではその教室に居らなあきませんので、できるだけ多くの学習項目をこなすよぅにいたしまして、『シルバーバーチの教え(上)一章~三章』と、以前にも学習した普及会さんからの(『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「善悪観」)を、音読学習いたしました。実は両方とも昨年度も学習しているんですが、やっぱし間を置いて復習をすると、また新たな側面から見えてくることや感じることがありまして、同じ教材であっても、違う勉強をしてるよぅにも思いました。ただ感想文では、その辺が上手に表現できてないんですが……〝是非ともこれらの学習内容は、皆さんにも読んで頂きたい!〟――この思いも出て参りましたので、ここではその補足とさせて頂きたい所存でございます<(_ _)>やっぱし勉強するって、良いもんですねぇ(*^^)vでは、お粗末な内容ですが、学習し終わったときの私の感想文を見てやってください<(_ _)>(籔中)本日は私一人だけの読書会でしたので、『シルバーバーチの教え(上)』の「一章 通信霊シルバーバーチについて」「二章 シルバーバーチの霊界通信の目的」「三章 霊界を挙げての大計画」を、前半では音読をいたしました。この3つの章は、スピリチュアリズムとシルバーバーチを理解するに当たって、最も重要なしょうであると『関西SB読書会』さんでも教えて頂いております。それだけに「霊的真理」を持って地上の私たちの魂を目覚めさせ、鼓舞して行くことが目的でもあると、シルバーバーチは熱く語っているように感じました。この『シルバーバーチの教え』は、シルバーバーチとスピリチュアリズムを学ぶ上での「入門書」と言ってもいいほどの内容ですが、基本学習になる「抜き出しチェック」が最も多いのも、これら一章~三章になります。この基本学習の後は、スピリチュアリズム普及会さんからの(『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「善悪観」)を、後半学習として音読いたしました。これは以前にも学習した内容でしたが、「神の摂理に善悪の基準をおく」の意味が、先の「教えの一章~三章」ともリンクしていると思いながら、読み進んで行きました。また自分の霊的成長を「善悪を量る尺度に用いる」ことも改めて勉強ができ、これからに役立てて行きたいとも思いました。以上、お粗末な感想だったんですが……例え音読だけの学習であっても、勉強にはなってるってことを最後にお伝えしたいと思います<(_ _)>これは『関西SB読書会』の今の主催者さんからも、前の主催者さんからも教えて頂いたことなんですけど……『私たちが肉体を脱ぎ棄てて霊に戻ったときは、どんなことも必ず覚えている!』――です(*^^)vこれは頭(脳ミソ)では別のことを考えていたとしても、霊としては覚えていまして、それを鮮明に思いだすことができると言う意味なんですねぇ(^.^)頭(脳ミソ)では記憶がうる覚えでも、霊ではキッチリ記憶されてるんですが、これは大変大事なことでして、永遠に生きて行く『霊界』において、ムチャクチャ為になるってことを意味します。先ほどはたった数ヵ月前の自分と今の自分を比較しましたが、これは地上ではたった数か月であっても、実は霊的に見たら、数年~数十年の開きがあるんです(^.^)霊的なことに時間は関係ありません。この数カ月で先輩諸兄のみなさんのよぅに、私も成長ができたのでございますが、成長には際限がございませんので、凄いとかまだまだと言う次元ではないんですねぇ……ハッキリ言ったら、ナンボでも成長されますし、ナンボでも置いて行かれます(>_<)んで、成長して行けば行くほど、この地上界であってもまるで霊界のよぅに、「別の界層」に行くことになりますので、ほんとにお恥ずかしいんですけど、昨年に居眠りをしていた自分は、何かがまだ足らなかったよぅにも感じております……ただし、下がるのすぐに下がります(笑)けどそれを「計る尺度」って言うのが、今回学習したところかなとも思いました(^.^)もし宜しければ、皆さんも学習してみてくださいませ(*^^)v今回も覗いてくださいまして、ありがとうございました<(_ _)>

2018.4月の感想文です(^.^)

デカイ写真ですが、『夙川公園』は季節ごとに色や景観を変えるので、今はご覧のよぅに端午の節句に向けて、自治体も演出をされてるよぅです(^.^)でもこの4月の頭は桜が一杯だったんですが、もぅ2週間も経ちますと青々とした緑一色でして、ほんとに自然といぅのは期間の短い・長いに関係なく、摂理通りに動いているんだなと思ったんですが…そんな中、今月も読書会を行って参りました(^.^)今月の学習テキストはスピリチュアリズム普及会さん発行の、『シルバーバーチの教え(上)七章 正しい祈りとは』と、同じく普及会さんが発表されている『スピリチュアリズムの思想Ⅱ 愛の摂理と真実の愛の世界(霊的同胞世界)の確立』でして、この2つを前半と後半で勉強して参りました。思想からのテキストは一章~五章までだったんですが、この全体の半分までであっても、十分に感じ入るところや新たに学べるところがありまして、私などは感想に書き切れないほどの収穫があったよぅに思った次第です。また、『正しい祈りとは』のほうも、幾度となく読んでるはずなんですけども、その度にチェックを入れる箇所が増えております。それが同じ個所であっても、ここからここまでをブログの中で紹介しようと思ったりいたしますので、やはり繰り返し学習することは、ムダになることはないんだなと、思うことしきりでございました(^.^)晴天にも恵まれて少し汗ばむほどの気温だったんですが、教室内は相変わらず静かで、少しひんやりとした空気感に包まれておりました。ですが、やっぱしそこには守護霊さんも居られ、私たちの親族だった方々も、一緒に学習されてたんじゃないかなと思ったんです(^.^)今回はそんな皆さんのためにもなる、『愛』についての学習だったよぅに思いました。では、各自の感想をご覧くださいませ<(_ _)>(メンバーさん)「最大の法則」 (質問)「霊的法則の中でも一番大切なものといえば何でしょうか。」 (答え)「”互いに愛し合うこと”ーーーこれが最大の法則です。」  「互いに愛し合うこと」というのは、霊訓によく出てくる他の表現としては「人のため」「自分を人のために役立てる」だろうと思います。
  愛というと面映ゆいというか照れ臭い。なんだかすこし神聖で特別なことのような語感を感じてしまう。「人のため」はもうすこし一般的だけれどやはり少し肩に力が入っているというか、自然体でないように感じる。でもこの最大の法則は、最大であるがゆえに実はもっともありふれていて当たり前のことなのです。 「愛」とか「利他」とか「人のため」と口にせずに、まわりの森羅万象を見渡せば、全ての存在が、今まさに営み続けていること、互いに支え合いそのなかでそれぞれの生き方、在り方を謳歌している。そのことに気づくのです。
  森羅万象のなかではこのように当たり前になっている愛のサイクルが、人間の間にくると途端に回転をやめてしまう。だからこんな当たり前のことをわざわざ意識しなければならなくなる。 霊訓に学ぶのはもちろんですが、もっと自然を参考にせよ、と言いたい気がします。 (籔中)『シルバーバーチの教え(上)七章 正しいいのりとは』「すべての祈りは自らを高めようとするところから発するものです。人の役に立つことを願う祈り、知識や光明、叡智や導きを求める祈り、こうした祈りはすべて魂の進化の現れです。」(P118、後ろから6~後ろから3)初めてこの章を読んだとき、この一節がもぅ一つ理解できなかったのですが、自分の部屋でも読書会でも祈りをするうちに、頭ではなく、精神的なところで分かってきたよぅに思いました。決して自分の成長を意識して祈るのではないんですが、霊の部分、魂の部分では、間違いなくそれを望んでいるよぅに思います。「幽界 → 霊界」と成長するにつれ、必ず人は自分の成長を願うよぅになると勉強してますが、祈りを積んでいくうちに、そのことが本当だと思うよぅになりました。『七章 正しい祈りとは』に引き続き、普及会さんからの『スピリチュアリズムの思想Ⅱ 愛の摂理と真実の愛の世界(霊的同胞世界)の確立』を、音読学習いたしました。1章~5章までの学習でしたが、後半の「(5)愛に関する第2の摂理」の中で、「愛のサイクル発展の法則(多くを与えれば与えるほど、多く与えられる)」は、前半で学習した『正しいし祈りとは』と、何かしら関係性があると思えて、興味深く思いました。「いつもこう申し上げているのですーー施しをする人は必ずそれ以上の施しをしてもらっており、差引勘定すればいつも戴いたものの方が多くなっていると。施す者が施しを受けるというのが摂理なのです。なぜなら、施しをしようとすることは魂の窓を開き、精神を広げ、心を大きくすることであり、その広くなったチャンネルを通して愛と導きと保護の力が流れ込むことになるからです。」( 『シルバーバーチの霊訓(2)』(潮文社) p.124)このことは「利他愛の法則」として知っていたのですが、今回改めて学習をして、胸に響いてきました。〝あぁ、あの方もこの方もきっとそぅうだろぉ!〟と頭を過りながら音読をしたのですが、『愛』はやっぱし本当に深くて大事なものだと、思えて仕方ありませんでした。このシルバーバーチの引用までの流れは、是非にも多くの方に読んで頂きたいです。本当に胸にグッ!とくる内容ばかりでした。そして自分の内面でも目指して行ける指針だと感じました。以上が私たちの感想になります(^.^)同じ空間で、同じ時間を共有し、同じ空気感を甘受しながら同じテキストを学ぶ。にもかかわらず、個人の感想は違って参ります。それは当たり前だと思われるでしょうけど、敢えて言わせて頂くと、言葉には現れない何倍もの学習が常にできていると思うんです(^.^)感想文ですから、区切り的に表現をしていると思うんですが、細かいところや別の側面で思うことなど、ほんとに沢山のことを感じながら勉強しています。音読だけですので、たった一時間かそこらで学習は終わるんですけども、一度に詰め込んだ感じではなくて、ほんとに入ってきて、しばらく日数が経っても残っているんですょねぇ(^.^)その割合が長くなってきているのは、相応に私たちが成長できたからかも知れません。今月の読書会で丸一年が過ぎたんですけど、間違いなく一年前より濃厚です(笑)是非この時間と空間を、これをご覧くださってる皆さんにも味わって欲しいと、メンバーさん共々に願っておりますので、私たちと時間を共有しても良いと思ってくださるなら、どぅぞ遠慮なく、『初めてスピリチュアリズムを学ぶ会』へお越しくださいませ<(_ _)>ご覧くださいまして、ありがとうございました<(_ _)>

2018.3月の『読書会』を行いました(^.^)

この24日(土)に、『3月の初めてスピリチュアリズムを学ぶ会――シルバーバーチ読書会』を開催して参りました。気温はまだ肌寒かったんですが、夙川と言えば、関西でも屈指の「桜の名所」でもございますので、まだ3分咲き・4分咲きにもかかわらず、早くも「花見」を楽しんではる皆さんがおられました(^.^)そんな中、メンバーさんと『シルバーバーチ読書会』を行ってきたのですが、残念ながら前回でお伝へいたしました、「飛び込み」で来られたご婦人の方は、今回はお越しになられませんでした…こりゃもぅ、仕方ないことでございます。色んな事情がございましたでしょうし、色んな思いもおありになったでしょうから、お約束を頂いていたとはいえ、ご参加されなかったことに、些かもこちら側が思うことなどはございません。むしろそのほうが、自然だとも思えます(^.^)ただ、ご婦人の方には感謝をしなくてはいけません…このサイトの「読書会の主旨の説明文」の中では、見学を兼ねた学習参加であっても、予めご連絡だけはくださいとお願いをいたしておりますが、当日の教室のドアには前回でも見て頂きました、「飛び込み参加でもOKです」と告知をいたしております。ならば、それ相応のテキストなどをご用意するのが然るべきです。それを私たちは作成してなかったんですねぇ…思い付きで、「当日ぐらいは、こんな告知を貼っていてもかまわないだろぅ!」と考えてしまってたんですが、その実は何も用意をしてなかったので、今思えばとても恥ずかしいことです。ですがこのご婦人のお陰で、ほんとに飛び込みで教室に入ってこられても、すぐにその方のために切り替えれるテキストを、作成することができました(^.^)その方がシルバーバーチ、スピリチュアリズム、または既存の宗教の本質、その宗教に対してスピリチュアリズムはどぅ違うなどに関して、まったくの「無知」でおられても対応できるテキストが出来上がりまして、それを今回の学習の後半ではメンバーさんと共に、煮詰めていく作業に当てた次第でございます。その前に今一度、私たち自身も確認をしておくために、前半では『シルバーバーチの教え(上)一章 通信霊シルバーバーチについて・二章 シルバーバーチの霊界通信の目的』を音読学習いたしまして、今回の感想はその分になって参ります。ですが、このことも含めたテキストを煮詰めることは、やはりご婦人が来てくださったお陰でございます…シルバーバーチはこの世に偶然などないと言っておりまして、これは霊訓を読みだしてまっ先に覚えることでもあると思うんですけど、それが本当だといぅことを改めて、今回のご婦人を通して教えて頂いたよぅに思いました。また本来なら、「スピリチュアリズムに出会う時期のきた人」に出会わせて頂けるよぅに、祈りをして待つのが本当の姿勢でもあるはずですが、それを重々承知しながらも、決して広く宣伝するのではなく、自分のブログとこのサイトの中でのみさせて頂いております。これはこの1年間に及んでさせてもらってましたが、「本当にメンバー共々にそれを望むのか?」「本当にそのための準備はできているのか?」と、問われた一年だったよぅに思うんですねぇ…そして来月で一年になりますので、追い込みにはなってしまいましたけど、ここへ来てようやく、これらの問いに応える結果がメンバーさん共々に出せたと思います。私たちはこれからも、この活動を変えることなく続けて参ります。ほんの気持ち程度のPRは私たちの意思表示をするためでもあると思い、その本当ところではやはり一人でも多くの方に、初めてでもスピリチュアリズムを知って頂きたいのでございます。前回のご婦人は先に亡くなったご主人が、やたらラップ音を鳴らしてはると仰っていました。それはまだご主人が、「死の自覚」をされてないのかも知れません。でもそれがどぅしてなのかと言うことを、ご婦人の守護霊さんが、私たちに会わせることでお教えになられたかも知れないんですねぇ(^.^)そのたったの一回の出会いであっても、スピリチュアリズムには十分なはずです。そればっかりに専用に使われると思われよぅが何だろぅが、現実には私たちのためにもなり、そのご婦人のためにもなったのでございます。これこそこの場所で、シルバーバーチ読書会を開いた意味があったのだと、私は思うんです(^.^)ひょっとすると新しいメンバーさんが増えるのは、これからもっと先になるかもですが、それでもたった一回の出会いでも大きな霊的意味があるならば、この読書会は続けていきたいと思いました。では、各自の感想をお読みください。(メンバーさん)「霊的成長のステップ」
  地上人の霊的成長のステップは、まず真理に目を開かれること。シルバーバーチの言葉が人生の役に立つことに気づいたら、それを一過性にせず目を開き続けさらに次のステップへと進んでいかねばならない。それと並行して、まだ目を開かれていない人々に真理を伝えていくことにも取り組まねばならない。
  真理を人生の指針とし、大霊の摂理に沿った生き方を心がけるようになれば「人々の心は安らぎを覚えることでしょう。宇宙の深遠なリズムと調和し、不和も対立も消えてしまうことでしょう。そして、それまでとはまったく違った新しい生活が始まります。」
  新しい生活とは、手にした真理にとどまるのではなくさらに探求し続ける生活です。 「知識はすべて大切です。これだけ知っていれば十分だ、などと思ってはいけません。私は知っていることを残らずお教えしようと努力しているのですから、あなた方はできるかぎり多くの知識を吸収するように努めていただきたいのです。」
  シルバーバーチが霊界に帰った今となっても、真理を探求し続ける魂には霊界から次々とインスピレーションが送られてくるはずです。なんとダイナミックでエキサイティングなことでしょうか。(籔中)今回の教材は、『シルバーバーチの教え(上)一章 通信霊シルバーバーチについて』と同じく『教え』の 『二章 シルバーバーチの霊界通信の目的』を、音読学習いたしました。改めてこの二つを音読してみると、これまで月に一度『関西SB読書会』さんで学んできた「スピリチュアリズムの根幹」が凝縮されてるように思い、また違った感銘を受けました。   「人生を本当に理解するためには、その一つひとつを吸収していくほかに道はありません。    このことは人生における物質的な側面に限らず、霊的な側面についてもいえることです。」                                                                                                           (『教え(上)』P37/3~4)今までこの文章以外のところに、学習した記しや自分でいいと思ったチェックを入れていたんですが、今日はこの部分が自分の中にストレートに入ってきました。思えばスピリチュアリズムに出会う前と出会ってからの、「2つの人生」を歩んでいるんですが、シルバーのこの言葉のよぅに、物的・霊的にも自分の人生を送っております。でもまだまだ振り返って見て、本当の理解ができているのかどぅか…そぅ言った意味ではないかも知れませんが、肉体からの欲求や感情も背負いながら今までやって来ましたので、何でもないよぅなこのシルバーの言葉に、不思議とどこかで泣いているよぅにも思ったんです。もっと沢山の素晴らしい言葉が、それこそ凝縮されていた『一章・二章』なのですが、音読をしている中で今日はこの言葉を、シルバーが私に語ってくれたよぅに感じました…以上が今回の感想になります(^.^)この感想を各自がそれぞれ書いたあとに、テキストの煮詰め作業をしていったんですが、それもアッといぅ間に過ぎてしましまして、今回もほんとに「濃厚な霊的な時間(とき)」を過ごさせて頂けたなと感じております<(_ _)>さて、今回も色々と思うところを綴らせて頂きましたが、どぅいった形でどぅいったアプローチにせよ、動機が正しいのならば、スピリチュアリズムは半年・一年の期間で、ちゃんと答えてくれるんじゃないかと実感するんです(^.^)まだまだほんとに多くの方々が、潜在意識になる霊性を眠らしているままだと思いますので、私たちがどんなことを学んでいるのかを知ってもらいながら、そんな皆さんへの『心のノック』ができれば良いなと思ってる所存でございます<(_ _)>是非々遠慮なく、「飛び込み」でも準備万端ですので、どぅか私たちと共に学んでくださいませ(^.^)

2018年度、初めての読書会を行いました(*^^)v

1月も中旬を過ぎると、もぅすかっりお正月もずっと前のよぅに感じますが、この1月20日に2018年度、初めての読書会をさせて頂きました<(_ _)>前日はそのための準備で丸一日を使いましたが、なんせ年を越えて行うのが初めてなもんでしたから、直感でテキストは決めてしまいましたけど、学習し易い工夫を自分なりにいたした次第でございます。ですから正直、ほとんど内容は読み返すことなく、コピーと修正と印刷の作業に追われていたんですが、当日に学習をいたしますと、ものの見事に今の自分に対して、とてもダイレクトに訴えかけてくる内容になっておりました。学習テキストは2項目で、それぞれ共に普及会さんからの、『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ 七章 ああ、真白き大霊よ…』と、『スピリチュアリズムの思想[Ⅲ] 6.より高次の霊的人生を歩むための秘訣 (1)高次元の霊的人生を歩むための3つの秘訣』でした。これは時間配分も考えて、内容が短いのと長いのに分けたつもりやったんですけども、両方に共通点を見ることもできまして、お互いに音読しながらの学習でしたが、休憩を挟むことなくストレートに読んでもまったく違和感もなく、より深く勉強ができたよぅに思いました。ここで勉強と表現をしてますが、この場合の勉強は、まるで自分を洗うよぅな内容でして、それはほんとに誰かに教わらないと分からない部分でもあったと実感をしたんです(>_<)人はどんな人生を歩んできて今がどんな状態であろぅとも、自分では気づかないことや分からないことが、思うよりも細かく沢山あるんだと思います。それを月に一度集まる読書会で学べたことは、ほんとにありがたいなと思いました(^.^)がしかし、学ぶだけではダメでして、学んだことを普段の生活の中にも取り入れて、実践をしなくてはなりません。でも年の初めの読書会で、この一年の基本的なベースとなり得ることを学習しましたので、これを叩き台にしながら、今年一年も頑張って行こぅかなと思います。もし皆さんもお時間があれば、是非、スピリチュアリズム普及会さんのサイト内で、『スピリチュアリズムの思想[Ⅲ] 6.より高次の霊的人生を歩むための秘訣 (1)高次元の霊的人生を歩むための3つの秘訣』を、お読みになることをお勧めいたします(*^^)vでは、各自の感想文をお読みくださいませ<(_ _)>(メンバーさん)「道具意識」 真摯に人の為に役立とうとするときに、霊力をいただくことができると霊訓になりますが、それでは何をすることが本当に人のたつことになるのか、考えたいと思っていました。 落とし物を拾ったり、重い荷物を持ってあげたりするのも、人の役に立つことですが、その人の心(の琴線)に触れるまでは至らず、ラッキーと捉えられたり、甘やかしてしまうことに、なるのだとしたら、本当にその人の役に立ったとは言えないのではないか…「案ずることはありません。あなた方は自分なりの最善を尽くせばよいのです。もうこれ以上はできないというところまで努力したら、それ以上はムキにならず、後は私たちに任せる気持ちにおなりなさい。」『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)P.160何が役立つかどうかの判断は、私たちにはできないのですね。大事なのは、自分は霊界の道具だという意識。これをどこまで徹底して持っているかなのです。〝純粋な道具意識を持ち続けてさえいれば、必ず最高の奉仕の場が与えられるようになるのです〟PS. 今年の抱負 ・新たなコミュニティーに参加する(教養に関する) ・体力増進(籔中)2018年度初めての『初めてスピリチュアリズムを学ぶ会』でございました。学習したテキストは『道しるべ』の「七章 ああ、真白き大霊よ…」と、普及会さんからの『スピリチュアリズムの思想Ⅲ』「高次元の霊的人生を歩むための3つの秘訣」でした。私はこの1月の中旬までに、何とか霊界へ行くまでに克服したい大きな課題の〝お試し〟がやって参りまして、それをパスできなかったんです…でもそれで落ち込んでは居られないので、何とか切り替えて、本日の読書会を開催いたしました。テキストを選ぶ際は100%直感に頼ったのですが、読書会での学習が進むにつれて、まさに落ち込んだ自分へのメッセージでもあるかのような内容でございました。こぅ言うと、〝自分で選んでおきながら、当日まで内容を知らなかったのか?〟とお思いになられるでしょうが、音読がし易いよぅにコピーと印刷の作業に追われていましたので、正直、詳しく内容を読んでいなかったのでございます。選んだテキストは不思議とどちらにも共通性が見られたのですが、「高次元の霊的人生を歩むための3つの秘訣」では、ここに書き出すには余りにも多い勉強内容がギッシリと書かれてありました。「道具意識」 「犠牲精神」 「霊的視野」これらの3つの秘訣の主な概要がまとめてあったんですが、その一つずつの項目に「自分を省みる」ことと、「自分を変革」していくための、まさしく秘訣が随所に述べてあったんです。これこそ〝ああ、自分は間違っても失敗しても、一から正してやり直して行く秘訣だ!〟と思えてなりませんでした。直感で選んだテキストでしたが、これはこの一年間を頑張って行くための指針になる内容だと思いましたので、度々ふり返って学習したいなと強く思いました。一年の抱負 ・決して焦るつもりはありませんが、今まで以上にもっと真摯な思いで、〝私たちと志を共にしてくださるメンバーさんを、どぅか導いてください…〟と、常に祈りを捧げたいです。そして3人・4人と共に、『霊的成長』を目指して行きたいです。以上が各自の感想文でございます。休憩を挟まずに音読をしても1時間ほどで終わる内容でしたが、ぶっちゃけ時間など長いも短いもないなと感じました。各自にストンとくるものがあればそれで良いんだと思いますし、そこには理屈では計り知れないものがほんとにあるんだと、確実に実感できたんです(^.^)そしてこれは私たちだけではなく、スピリチュアリズムに出会われた方にも共有して頂きたいと、心底から思いました…もしも私たちの感想文から共感を感じでくださるなら、是非にも私たちと一緒に、『霊的知識・真理』の時間を過ごしてみてくださいませ<(_ _)>

2017年、最後の読書会を行いました(*^^)v

12月23日に、2017年最後の読書会を行って参りました。教材は『シルバーバーチの教え(下巻)』から「十五章 交霊会の舞台裏」と、「十六章 交霊会についての誤解」を用いりまして、各章を音読&輪読をいたしました(^.^)今年は最後でもあるので、けっこう数日前から意識も高めておったんですが、今回は読書会が終わったとたんに〝ストン!〟と何かが落ちる感覚がありまして、私の場合、よくブログを書き終わったあとにそんな感覚にもなるんです。でも『読書会』では今までそんな感覚はなかったんですけど、要はグッと高まった意識が、素の自分に戻るよぅな感じなんですねぇ(笑)ですからそぅなったあとは、むちゃくちゃギャップがでちゃって、返ってしんどくなり、気が抜けたよぅになってしまうんですが…帰りの道中で、まさしくその通りの結果が待っておりました(>_<)一つは大勢の人波の中で車いすのご老人が一人で移動してはったのに、なんにも補助をせずにすれ違ってしまったこと。もぅ一つは、地元の駅に帰ってエレベーターを待っていたとき、バスに乗り遅れたくない気持ちとヘルニアの痛さから、つい軽~くドアを杖で突いてしまったんですねぇ…それが響いて一階でエレベーターに乗る人たちに聞こえたよぅでして、降りながらオジサンたちが〝あの杖の兄ちゃんがさっき叩いたんやでぇ…〟と小声で言っておりました。ま、これだけならワザワザここでは書かないんですが、そのエレベーターにはベビーカーと一緒に若いお母さんも乗ってはって、降りしなに〝キッ!〟と睨まれちゃったんですょねぇ…どぅしてこれらをしてしまったのか、先の車いすのご老人のあとに後悔してたのに、もっと後悔することを、脚が痛いのがガマンできずにやってしまいました。普通ならこんなことは誰もされません。車いすも補助されますし、エレベーターも黙って待ってはるでしょう…読書会の前日に自分のブログで、スピリチュアリズムに出会ってからの3年間は内面葛藤の内省ばかりでしたと綴ったところやのに、当たり前の利他的実践が未だに出来てないなんて、「羞恥の極み」以外の何物でもございませんじゃョ(>_<)ここに等身大の素の自分を見たよぅに思いました…〝自分は人に偉そうにいぅほど、出来てねぇじゃねぇか…まだまだやんかぁ?…〟この内省はキツく、結局、眠るまで引きずったんですが、一夜明けた今日に、兄と慕う方とお話しする機会があったので、人生の先輩として上のことをお話ししたんです。私は自分の霊性がまだまだやと思ったんですけど、その先輩も50を越えてから、イライラしたり、短気になったりし出したらしく、それは〝男性更年期障害〟の現れやでと指摘されました。ぶっちゃけ車いすのご老人は、車いすやのに足首を動かしてはりまして、かなり慣れた感じで難波駅を移動されていました。それもけっこう速かったですねぇ(^.^)ほやから補助をしなかったことに、さほど大きくは後悔をしなかったんですが、次のエレベーターはやったらアカンことです(>_<)が、そこに気を付けなアカンことが潜んでたんですねぇ…これは勿論、乗られる方に失礼ですし、響いて聞こえたなら、ちょっとした恐怖感も与えてしまっています。それとは別に自分が逆やったら、腹が立つことやったでしょう。でもほんとにこんなことは初めてやったので、自分でも予期しないことをやってしまう傾向が見られたのは、非常にショックが大きかったんです(*_*;でもでも、これはひょっとしたら皆さんの日常でもあることかも知れません。昨今は高齢者が〝キレる〟事件が多い傾向にあるよぅですが、やはりそれは霊性の未熟さと更年期障害が合わさったものやと思います。社会から疎遠になればなるほど、その傾向も著明になってくるとも思うんですが、私もそれに当てはまり、やっぱしまだまだ未熟なんだなと思い知った次第でございます…でも事件にもならず、ことが大きくなる前に気付いたのは良かったと思うんです。だってこれからも何度も、お世話になってる『関西SB読書会』さんや、自分の読書会へも出向いて参りますので、こぅいったケースには必ずこれからも出くわしてくるでしょう。ならば次からはちゃんとすればいいことで、ここで綴ることでもないんですが…シルバーバーチや普及会さんが「霊主肉従への葛藤」と仰ってる中には、何も肉食をしない努力とか祈りを実践をする努力だけではなく、こぅいった場面々でも、自分を試されることが入ってるんだと思うんですねぇ(^.^)今回も私は〝霊界の道具として私を使ってください…〟と祈りながら読書会へ参ったのですが、自分自身が思い知る体験をしてしまった上に、それを皆さんにも知って頂くことになってしまいました。でもでも、これこそ隠さずに知ってもらうべきやと思ったんです(*^^)v〝自分はこぅ言うことからも内省が生じて思い知ることがあります…〟〝ただ読書会へ出向いて帰って来る間にも、ほんまに試されることが出てきます…〟〝それはやっぱし霊界の道具として使って欲しいと、願っているからこそです…〟唯一、遠出をする『読書会』の行き帰りで、こぅいった体験をするのは当たり前ですょねぇ(笑)50を過ぎてこんなことをやってしまったのは、ほんまに恥かしいことなんですけども、更年期障害の出だしの上にヘルニア痛も持ってますので、残念ながらこれからも、このよぅなケースは度々やって参ります。兄と慕う方は穏やかな人ですが、それでもイライラとなったり、短気になるときがあるそぅです。ならば私の場合は実践を重ねて霊性をもっと磨き、これらを克服せなあきませんじゃョ(>_<)けどそれが何なのかが見えて、目標とするものが分かるのも、読書会に参加してるからですねぇ(*^^)vこれをもしどの『読書会』にも参加せずに一人で学習をしていたならば、同じ内省がやってきたとしても、落ち込み方がまた違っていたかも知れません。だって私たちは『失敗は成功へのチャンス』やと、ハッキリと教わっていますから(*^^)vこのよぅなことがあった今回の『読書会』でしたが、実はこれも読書会ならではのことでして、自分の悪い面がどぅいったところなのかを、形にして見えるんですねぇ(^.^)だから『シルバーバーチ読書会』は、その日が終わるまでは読書会なんですけども、今回学びました各章では『読書会は交霊会』でもあることを、改めて知ることができたよぅに思いました。では各自の感想をお聞きくださいませ<(_ _)>(メンバーさん)『忘れないでいただきたいのは、私たち霊団の者は、暗闇に閉ざされた地上界へ光明をもたらすために片時も休むことなく全力を尽くしているということです。』(15章 P27)『私たち霊界の者にとって、真理や発見が地上にもたらされるかどうかだけが問題なのであって、地上の誰がインスピレーションを受けるかは、どうでもいいことなのです。』(15章 P30)『何事であれ、一人の人間に幸せをもたらし霊的摂理についての知識を与えることになるならば、それはそれなりに目的を達成したことになります。高いとか低いとかの概念で考えてはいけません。それを必要としている人にとって役に立つか否かの観点から考えるべきです。』(15章 P33)『霊的叡智は、地上という物質界に届けられることを待ち続けています。それが実際に地上に届けられるためには、そのバイブレーションに同調できる通路(チャンネル)が必要となります。』(16章 P36~P37)誰でもいつでも自分にあった真理をいただくことがでえきます。自分が本当に為さなければならないことは何なのか、恐れや不安やおごりやその他、心を惑わすもの一切を越えて、その向こうにあるものをしっかりと心を合わせてインスピレーションを受けとめながら、ミッションに取り組んでいきたいと思います。(籔中)今回は『シルバーバーチの教え(下)』の「15章 交霊会の舞台裏」と「16章 交霊会についての誤解」を輪読し、二人で思うことを意見交換いたしました。二人の共通認識は〝シルバーの言葉はどこを読んで抜き出しても、十分にブログで発信していくことができる〟でして、お互いにブログをしてますので、この観点から見ていくことができました。それほど15章も16章も、素晴らしい言葉のオンパレードのように感じたんですが、特に15章の中では『調和こそが「神の摂理」なのです』と語っていたところが印象に残りましたし、16章の中では、『もっと大切なのは、サークルメンバー霊性の開発です』と語ったところが、凄く胸に響いてきました。この15・16章は章として分けてありますけど続けて読むと、『シルバーバーチ交霊会』がどれほどサークルメンバーのみならず、世界へ向けてスピリチュアリズムを発信しているかを物語っているように思えますし、それだけではなく、今この日本で開かれている『シルバーバーチ読書会』に参加しているメンバー全員にも伝えている内容だと、改めてしることができたように思います。この読書会の場所は、交霊会のような大いなる神殿にはならないかも知れませんが、少なくとも霊界とは繋がる時間と空間にはなって欲しい思いと、そうなっていく努力を重ねていく場所にはしたいと強く思いました。今年最後の読書会でしたが、とても有意義な学習になったと感じました。以上が感想になります。今回も静かな雰囲気の中で『霊的な時間(とき)』を過ごさせて頂きましたが、そのあとに前置きのよぅなことがあったので、それも体験できたことは大変ありがたく思います(^.^)自分を見つめ直す内面葛藤だけではなく、些細な利他的実践からでも勉強になり学習できるのが、やはり『読書会』があるお陰やと痛感しておりますが…皆さんも是非、皆さんなりの実践体験を得るためにも、『読書会』へ参加して頂きたいと思います。皆さんを受け入れるためにも私たちは、自分たちをもっともっと鍛えて精進して参りますので、どぅか来年度からは思い切って、私たちと一緒に学んでみてくださいませ<(_ _)>今回もご覧くださいまして、ありがとうございました<(_ _)>

2017.11月の読書会を行いました(^.^)

今回はメンバーさんがご用事でお休みでしたので、私一人で行いました。こぅ言うと-“独りでやる意義はあるのか?…”ーと思いになられるかも知れませんが、私がお世話になってます『関西SB読書会・名古屋SB読書会』さんも、初めは1人っきりで開催されていたんです(^.^)これは私が思うことなんですが、『シルバーバーチ読書会』は先ず第一に、必ず継続されることが大事でして、途中で辞めるといぅことはあってはならないと考えます。なぜなら、やはり開催するに至っては霊界側の援助も受けていますから、自分の都合で辞めてしまうといぅのは、大きな期待と責任から逃げることになります。これは『霊的知識・真理』をお話しするブログでもそぅだと思うんですが、スピリチュアリズムに関わることはすべて、“やってみたい!”ーと思う動機の裏側では、守護霊さんや背後霊さんが尽力をされていると考えるほうが、正しい理解に基づいていると思うからなんです。ですから例え一人で行うことになっても、決めたその日の時間と場所でするべきなんですねぇ(*^^)v“じゃ独りなら、独りなりのことはあるんか?”-いや正直、まったく分かりません(笑)行く道中の電車の中では『霊訓』を読んでいたんですが、いざ一人で始めますと、急激に睡魔が襲って参りまして、音読をしてる最中に眠ってしまいました…これが褒められることではないと分かっていますが、とにかく猛烈な睡魔だったので、負けてしまった次第でございます。気が付けば30分ほど経っておりましたが、いったん気を取り直した後に今度は違う章を読み終え、それで会を締め括ることにいたしました。こんな感じでしたので、まったく内容が印象に残ってないんです(笑)“それじゃ独りでやっても、意味がないじゃないか?”-ですが、“それがどぅしたん?”-です(^.^)動物本能が混じっている五感しか使われない身体を用いて、お金が絶対的な価値を持つ物質界で四苦八苦しながら、それでも霊的な大義をしっかり見つめ、それなりに努力をしております。そんな地上界で、平坦な日々だけを送れるはずがないじゃないですか?(笑)こんな日もあれば、あんな日もある。こんなこともあったら、あんなこともあった。けど今日は何にもなかった。これらが『摂理』と絡まってランダムにやってくるのが地上界です。身体も五感もとっぱられた霊性で居られる『霊界』ならば、物事を予知することも可能ですから、思わぬことがやってくることは少ないと思いますけど、ここは生身の人間界であって物質界なので、予期せぬことや予想もしないこと、何の価値もなかったことや嘘だと思えることがやってきます。私なんかそれがしょっちゅ~来ますから、いちいち覚えておられませんょ…ほな月一の読書会も毎月してますから、この『摂理(法則)』の枠の中でございます。でもでも…それは私が知らないだけなんかも知れません。皆さんの人生も私の人生も細かく一日単位のグラフで見ていくと、ひょっとしたら上がったり下がったりしながら、右肩上がりに今の年齢を重ねて行ってるかもですょねぇ?(^.^)先ほどホンの2時間ぐらい前に、先住猫たちとは別にしていた3匹目の子が、自分の意思で二匹がいる居間のほうにやってきたんです。自分で来たのにしばらくは戸惑って鳴いておりましたけど、今は何もなかったよぅに寝ているんです(笑)これも一日の間のたった2時間の出来事です。こんなん夜になったら、まるで昨日のことのよぅに思えてしまいます。私もこの2時間の間に、この子が根城にしているボックスを移動させましたし、トイレも餌も水もこちら側に持ってきました。この子は何でやと思いながらも鳴いておったんですが、今はぐっすり寝ております(^.^)こんな風に見ていくと、時間の観念ってええ加減やなと思っちまいますねぇ(笑)私たちは勝手が良いよぅに1年365日と1日24時間に区切っておりますが、その知識も観念もない彼女たち(3匹ともメスです)を見ていると、3匹がそれぞれの事情でここで暮らす共通意識が芽生えた瞬間だったにもかかわらず、今は何事もなかったよぅに3匹は各自でくつろいでおります。私にすればさっきの2時間はどぅなるかドキドキやったんですが、彼女たちは、特に先住猫の二匹は何事もなかったよぅに寝たりボーとしたりしてるんです(笑)実はこれは何も3匹だけのことじゃなくて、私たちも同じよぅに言えるんじゃないでしょうか。私も昔はとんでもない責任があった仕事をしておりまして、休みでもそれから離れることはできなかったんですが、やっぱし一日に一つは、何かあればない日もあるを繰り返しておりました。そぅして経験を重ねながら歳を取ってきたんですけど、これは時間の量りに掛けるもんじゃないなと思うんですょねぇ(^.^)“意義や意味はあるのか・何かあるのか”ーの問いは結果を求めてるからです。この『読書会』だけで見るなら一日の結果を求めています。“いや、そこじゃないんだょ?…一日の結果じゃないんだょ?”ーといぅのが、「成長」ではないでしょうか。だって自分の意思で自分たちの部屋にやって来たチビを、完全に受け入れてやったのは一瞬の出来事だったので、それまでの下準備はあったにせよ、彼女たちにすればとんでもない寛容になるはずです。また、その中に自分の意思で入ってくるのも、かなりの勇気がいったでしょう。でもお互いに仲間意識が発生したから、たった一瞬で溶け込むことができたんですねぇ(^.^)私は正直、独りであってもこんな読書会はダメだなと初めは思いましたが、なんのこっちゃない、その日はこぅならなアカン・こぅ言う結果がでなアカンと思い込んでいたんですねぇ(笑)“いやそぅじゃない、とんでもない寛容も一瞬の出来事やから、そんな日があっても良いんや。”“ほんでそれはお前さんが知らないだけで、3匹と同じよぅに経験は積んでるんやで。”これが今回の『読書会』の内容と言ったら、皆さんに怒られちゃいますかねぇ?(^.^)とまぁ、まともにできなかったことへの言い訳をしてるよぅですが、相変わらず帰りの道中では、身体と精神は別のよぅな感覚になっておりました(*^^)vそれとどぅいうても守護霊さんとは一緒だったので、正式にいぅと一人の読書会ではないんです。寒かったので強烈にヘルニア痛になっておりましたが、何とか予定通り行って帰って来ることができましたので、これだけでも良かったと思っておりますし、帰って来てからも精神的な部分では、かなり充実感を持つことができております。もしほんとに読書会に結果を求めるなら、これが答えだと言えると思いましたねぇ(*^^)vとにかく何もなかったと思えても、振り返って見ればなんかあったっていぅのが『シルバーバーチ読書会』の特徴でございます。これはどこの『読書会』へ参加されてそぅなってきますので...是非とも、『夙川公民館 第3集会室』のドアをノックしてみてやってくださいませ<(_ _)>私たちはいつでも、皆さんを歓迎いたします(*^^)v

第7回『読書会』を開催いたしました(^.^)

これまではお世話になっている『関西SB読書会』さんへ参加して、一週間後に『初めてスピリチュアリズムを学ぶ会』を行っておるんですけど、ここへきてそれがけっこう体力的にもしんどいなと思うよぅになっております…スピリチュアリズムに微力ながら携わっておきながら、そぅ言ってしまうのは不謹慎かも知れませんが、何分2つのブログも発信させて頂いておりますもので、そちらでもけっこうエネルギーを消耗いたしますので、あっといぅ間に一週間が過ぎてしまうんですねぇ…(*_*;今回も前日までブログを仕上げておりましたので、読書会用の用意は当日の朝方になってしまったんですが、偶然なのかどぅか、来月からは「第3集会室」の予約が月の後半しか取れなくなり、『関西SB読書会』さんから2週間が空くことになりました。こぅなると余裕が出て参りますので、自分とこの『読書会内容』も、もっと充実させることができるんじゃないかと思っておりますが、基本的に「音読しながら輪読」のスタイルは維持して行きたいなと思っております(^.^)さて今回は、スピリチュアリズム普及会さん発行の『シルバーバーチの教え(上)十章 霊的進化の道を歩む神の子供たち』と、同じく普及会さんからの(『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「善悪観」)を交互に音読し、学習をいたしました。では、各メンバーさんの感想をお読みくださいませ<(_ _)>10月14日(メンバーさん)『教え10章より…人間はどうして外見に縛られるのでしょうか。裕福かどうか、健康かどうか、美しいかどうか、地位、年齢、性別…あるいはなぜ他人と自分を比較して、妬んだり羨んだりするのでしょうか。困難や損失や苦しみから逃れようとするのは、そうしてでしょうか。地上で長生きすることに、なぜこだわるのでしょうか。地上の目に見える物がすべて、と思い込んでいるからです。死んだら無に帰すと思い込んでいるからです。しかし地上生活は人生のホンの極短い一時期にすぎません。本当は、全人生をかけて追い求めるのは霊的成長であり、それこそ、人間の真の本能です。霊的成長はまた、神の摂理の目的でもあります。霊的成長を第一に生きていれば、神の摂理にかなうので、(その霊的成長の段階における)最高の幸福にひたれるのです。それは地上にありながらでも、味わうことができるのです。』10月14日(籔中)『今回は『シルバーバーチの教え(上)10章 霊的進化の道を歩む神の子供たち』と、普及会さんからの(『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「善悪観」)を音読し、学習をいたしましました。『霊的進化の道を歩む神の子供たち』のほうでは、様々な質疑応答があり、ペットに関することも書かれておりましたが…『あなた方はこれまでの霊的成長によって、今後の成長の道を選択することになります。しかしあなた方は、霊的成長を遅らせるような選択をすることもできるのです。その時点における方向性は、さまざまな摂理の相互作用によって自動的に決定します。あなた方の意識は進化のレベルに応じて変化し、それによって選択がなされます。魂が目覚めていれば進化を促す方向を選ぼううとしますが、肉体の脳を通している意識(顕在意識)は、それに歩調を合わせることができません。』(『霊的進化の道を歩む神の子供たち』P162/7~12まで引用)と語っているところはとても納得がしまして、だからこそ日々の努力が必要なのかなと強く思いました。また(『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「善悪観」)では、・「霊優位の生き方(物欲にとらわれない霊主肉従の生き方)」・「利他愛の実践」・「苦しみの甘受」の具体的な内容などは『読書会』でも教えて頂き、分かっていたのですが…頭ではどうしても、善と悪の対立を見るようになってしまいますが、もっと霊的成長の観点からも深く広く見るようにし、それを自分にも置き換えていきたいとも思いました。』以上が各自の読書会の感想になります。三回に一度ぐらい、ないし二回に一度ぐらいは、普及会さんが発信されてます「スピリチュアリズムの思想」を取り入れ、それを『シルバーバーチの霊訓』と合わせて学習していきたいと思っておりますが、今回は時間がなく慌ててチョイスした項目だったんですけど、意外と繋がりが見れる組み合わせだったんじゃないかと感じております。こぅいった選択を、これからは余裕を持ってやっていきたいと思いましたが、やっぱし志を共にしてくださる新しいメンバーさんに会いたいと、2人とも最後には大いに語り合いました(^.^)

第6回目の読書会を行いました(^.^)

当日はあいにくの雨模様でございましたが、気温もグンと下がり、もぅすっかり秋に入った感でございましたけど、『夙川公民館』に到着しますと、雨でも晴れでも関係ない空間が待っておりました。もぅ2ヶ月も前からこの日のこの時間から、ここで『シルバーバーチ読書会』を行うことは決まってますので、台風やその他の災害の真っ只中でない限り、ここを目指して来なくてはなりません。読書会の日時はキチッと決めて行うほうが良いと、諸先輩方から聞いております。それは霊界側もそれに合わすことができるからなんだそぅですが、考えて見れば、霊界人さんは地上が雨だろぅが晴れだろぅが関係ないところに居られますょねぇ(^.^)そんなことも思いながら読書会をさせていただきました。今回輪読をした題材は『シルバーバーチの教え(上)六章 すべてを支配する神の摂理』(スピリチュアリズム普及会さん発行)と、『地上人類への最高の福音 七章 偉大さの尺度は奉仕精神の度合いにあります』(同じくスピリチュアリズム普及会さん発行)でございまして、この2つからシルバーバーチの言葉を学習いたしました。この中には過去にさんざん自分なりに吟味した一節などもありまして、改めてそこを読むことで、今の自分を省みることもできましたし、読書会が終わった後でも、それをどこかでもぅ一回みつめ直しているんですが…内省といぅのは、実行に変えて初めて意味を為してくるもんじゃないかと思いますので、成長に関する真理から、過去の自分や今の自分を自虐したり嘆いたりしたとしても、何も始まらないんじゃないんかと思うんです。ただ幸いにも、その始めて行くことは毎日の中に見出すことができます。こぅするのが正しい、こぅして行くのが正しいと良心判定装置が判断したならば、それに沿ったことを継続して行く努力…まぁ続けることができたら、意外とそぅ長くは掛からずに、気付かなかった自分に出会うことができるよぅな気がいたしますねぇ(^.^)では今回の私たちの感想をお読みください…(メンバー様)○『全ての肌の色の人々が混じり合い、互いに愛の心で睦み合うようになれば、地上に調和が訪れるようになります。あなた方は、肌の色の違いが意味するところを理解していません。(『教え』P90)』すべての肌の色の人々が混じり合ったら、段々色の違いがなくなり、ひょっとしてそれまで見たことがないような肌の子供たちになる、新しい世界が到来するかも知れないなと思いました。○『邪悪なるものは、心の中から完全に追放することができるのです。(中略)心に邪悪なるものがなければ、善なるものしか近づきません。(『教え』P96)』ということは、私の好色とか吝嗇(リンショク)とかの邪悪さは追放できる、ということですね。○『霊界から地上へ戻ってきた者(交霊会で出現した霊)に尋ねてごらんなさい。誰もが「摂理は完璧です」と応えるはずです。そして二度と地上へは再生したがりません。(『教え』P100)』霊界人は二度と再生したがらないということですが、霊界で不満を抱いている人は、地上に再生して一気に成長したい、と思うものなのではないんでしょうか。○『人生は生き甲斐のあるものだということを、今一度あらためて確信します。そう断言できるようになった人が、今日、世界各地に広がっております。かつては、それが断言できなかったのです(『福音』P202)』これは確かに凄い変化です。(籔中の感想)今回は『教え』の六章「すべてを支配する神の摂理」と『福音』の七章、「偉大さの尺度は奉仕的精神の度合いにあります」を、それぞれ音読をいたしました。『教え』のほうは編集によるところなのかどぅか、比較的長いシルバーの言葉が記されてありまして、ブログでも発信するのに、多くの引用ができる真理が書かれてありました。またこれはシルバーバーチを前期・中期・後期と分けるとしたら、前期に当たる内容でして、全部を把握するのは難しく思った反面、シルバーからの気迫を感じられるように思いました。一方の「福音の七章」は詳しく知りませんが、後期のように感じまして、真理の内容も取り溢しのないように語ってる感じがしました。と同時に、決して私の感性では分からないものの、かなり高貴なシルバーバーチに思えてなりませんでした。いずれにせよ、充実した時間(とき)を過ごせたと思いました。以上が、私たちの感想になります。そのときに感じた正直なところを、皆さんにもご覧いただくことを承知の上で、二人とも書いております。こぅいった感想文から人はときおり、志が低いとか、意識が高い・低いとかを判断されるよぅですが、大事なのはそぅいった感じたことや思ったことではなく、そこに集いながら共に学び、、共に「霊的な時間(とき)を共有する」ことだと思うんです。私たちは動物でもありますから、集うまでの間に、様々な動物的感情とも葛藤しながら生活をしております。そこに静寂で調和を保った霊的な時間(とき)が注がれますので、そこから変化に至るまで相応の時間(とき)を要するのは、とても自然なことではないでしょうか。それをメンバーさんも私も重々判った上で、そのときの素直な気持ちを書いております。そして何よりも、「霊的な時間(とき)」が注がれた直後の言葉よりも、「その時間(とき)」を共有できたことに、大きな喜びを感じている次第です。ですから、これをご覧くださってる皆さんを、心よりお待ち申し上げております。どぅか私たちと一緒に「霊的な時間(とき)」を過ごしてみてくださいませ…<(_ _)>

第5回目の読書会を開催いたしました(^.^)

昨日の8月19日に、第5回目となる『シルバーバーチ読書会』を行いまいして、メンバーさんと「霊的な時間」を過ごさせて頂きました。前日まではこちらでも曇りだったり雨だったりの天侯でございましたが、当日はカラッと晴れまして、朝から気温も上がっておりましたけど、そんな中でもどこか涼しげな風も吹いておりましたので、気温ほどは暑さを感じない、絶好の行楽日和でございました。そぅいった日に『シルバーバーチ読書会』が行うことができるのは、ほんまに有難いなと思いつつも、やはりそれなりに身構えもいたします。ですが…『人のために役立ちたいとの動機から出発しているなら、粘り強くホームサークルを続けて行くことです。もし動機が面白半分から出ているとすれば、良い結果は得られません。サークルのメンバーが一つの場所に集い、心を一つにし、霊力を顕現させようと願っているなら、そのとき霊力との触れ合いが始まり、徐々にそれが顕現するようになってきます。』(普及会さん発行『シルバーバーチの教え 十四章 霊界通信の難しさ』より引用)と、シルバーバーチも語っておりますので、これを信じてメンバーさんと共に、「霊的な時間」を共有したい思いだけを持っておりました。会への参加は、私ともぅ一人のメンバーさんだけでしたので、先ずは交互に祈りを捧げ、輪読を中心にした学習を進めながら項目ごとに小休憩を挟み、最後に読書会の感想文を作成いたしました。そして会の終わりにも交互に祈りを捧げて、読書会を締め括った次第です。今回の読書会学習項目は、『シルバーバーチの教え 十章 霊的進化の道を歩む神の子供たち』と、同じく普及会さんの『続スピリチュアリズム入門 霊的真理の実践内容(霊的人生の実際)』を輪読で学習いたしました。どちらもなかなか一人では、意欲的に読もうとはしないところかと思いますが、音読を交互にすることで、不思議と印象に残ってる感じがいたします。ただ昨日は、まったく静かだと言えず、小さな子供の泣き声が響いておりましたけど…そぅいぅ日もあるといぅことですじゃねぇ(^.^)とにかく充実した良い時間を過ごせましたので、今回も各自の感想をお送りいたします。(参加メンバーさんから…)霊的成長の生涯となるもの…自分にとってそれは何か…それをしっかりとわきまえて自分の心から拭い去る努力を、いつも心がける(それは恐らく一生続けてなくてはならないだろう…この肉体を伴っている限りは。)「賢明な人間とは、すべての体験を魂の養分として摂取しようとする人のことです。辛いことや煩悩の誘惑に流されず、心の奥深くにある霊的な力を活用して困難に立ち向かおうとする人のことです。そうした精神で臨んでこそ、人間性が磨かれ強化されるのです。」(「シルバーバーチの教え」10章)自分がどんな煩悩の誘惑に流されやすいか、たまに街に出かけると物凄くはっきりします。若く美しい女性を自分のものにしたいという願望と、ここではない何処か、美し世界への旅に心をかき立て、焦燥感をつのらせる強い情景の念です。(私、“籔中”から…)前日までブログを連日やってましたので、昨夜は早目に就寝につき、朝までぐっすりと眠っておりました。そこから慌ただしく愛猫たちへの朝食と自分の朝食を作り、本日の読書会の用意もした次第でございます。とにかく前日までは身体がしんどかったので、今回は余り真剣には読書会への取り組みが出来なかったのですが、今のこの夏を乗り切る折り返し地点でもあると思っていましたので、寝起きでも全力で学習内容を決定し、全力で必要なレジメも段取りいたしました。今回は普及会さん発行の『シルバーバーチの教え 十章 霊的進化の道を歩む神の子供たち』と、同じく普及会さんからの『霊的真理の実践内容(霊的人生の実際)』を学習しました。どちらも輪読をいたしまして、その都度に感想も述べながら進めていきましたが、正直、全部を頭にいれることはできなかったのです。ですが一人で学習するのとはまた違った新鮮さがあり、全体としてはまとめずらかったものの、一つ一つの言葉はダイレクトに伝わってくるものがありました。それなりに緊張し、誠意を最大限に持って読み進み、予めに決めていた時間割に沿って、予定時間に終えることが出来たんですが、淡々と進んだ中に、何かしら残ったものがあったように感じながら、今これを書いております。短い時間でしたが、また有意義な霊的時間を過ごせたことに、感謝致します…感想は以上でございます。感じたことや思ったことは違えど、各々に何かしら残るものがあるのが…『シルバーバーチ読書会』の大きな利点だと思います。これを今後とも粘り強く続けていきたい思いで一杯でございますが、メンバーさんとも話し合ったところ次回の9月の読書会より、見学を兼ねた体験学習をして頂けることになりました。少し大袈裟かも知れませんが…『静寂と調和の愛の中で、皆さんの魂は一時も休むことなく開発されています。その速度は遅々としていますが、着実です。各自の内部に宿る大霊(神の分霊)が開発され、進化し、その分だけ神性を発現することが可能になっています。ナザレのイエスがその昔こう言いました━━「二人ないし三人の者が集う所には大霊が祝福を授けてくださる」と。』(普及会さん発行『シルバーバーチの教え 十六章 交霊会についての誤解』より引用)私たちは二人だけでも静寂と調和を大事にし、例え輪読だけの学習であっても、真摯に教材と向かい合っております。この空間と雰囲気を、是非とも一度味わって頂きたいといぅ思いで意見が一致いたしました。ですから試しにと思って頂いてもけっこうですので、どぅか予めメールでもご連絡くださりまして、『夙川公民館』で行っている、「初めてスピリチュアリズムを学ぶ会」を覗く気半分でも良いですから、体験してみてやってくださいませ<(_ _)>今回もご覧くださいまして、ありがとうございました<(_ _)>

第4回目の読書会を開催いたしました(^.^)

前日まで関西では曇りだったんですが、当日はカラッと晴れまして、気温も朝から高かったんです。暑い中、バスに遅れまいと必死で早歩きしながら、「今日も一日、霊界の道具と私を使ってください!」と、息切れしながら何度も声に出してお祈りをいたしました(^.^)私の場合、自分の読書会でもお世話になってる関西読書会さんへも、徒歩・バス・電車の乗り継ぎが上手く行くかどぅかでだいぶんロスが違って参りますから、正直、移動中でも余り気が抜けないんですけど、電車に20分~30分と何もせず揺られているのは流石にもったいないと思い、霊訓を取り出し読むんですが…しばらく読み進むと必ず眠気に襲われますねぇ(笑)でもこんな時間も楽しく、どことなく嬉しさも感じてきます(^.^)さて、そぅしながらも「第4回目の読書会」を開催させて頂きました。今回はお一人のご参加者さんと、『シルバーバーチの教え(上)三章 霊界を挙げての大計画』を一緒に学習いたしまして、改めてシルバーバーチの言葉に深く触れられた時間を過ごして参りました。読書会の開催場所は必然的に「夙川公民館」になった経緯がありますが、場所にこだわらなくとも、静かなことが絶対的な条件だと思いますので、その意味では静寂の中でゆっくりとした濃厚な時間を、霊的にも過ごさせて頂けたかと思います。とにかく頑張って取り組んだ読書会後は、少々の感情の起伏がでよぅが、物的に考えることがでよぅとも、バンっと突き返してビクともしない何かに成れて参ります。芯が通るとか、凛々しくなるとかではなく、いつもと変わらず猫たちを叱ったり、彼女たちや自分の食費のことを考えたとしても、“それがどぅした!”と思えてきますし、不思議と後々のことまで心配には及んできません。これは本当に皆さんも、是非ご経験して欲しいと思いました(^.^)ところで今回から、読書会のご感想を書いて頂くことにいたしました。私たちがどんな内容を学習し、どのよぅに思ったかを、知りたいと仰ってくださいました方々のご要望にお応えしたいと思ったからです(^.^)幸い参加者さんも快諾をくださったので、早速、皆さんにもご覧頂きたいと思います。私の感想もついでに載せさせて頂きますが、静寂で濃厚な霊的時間の中で、ゆっくりと想いを綴ってくださいましたので、是非、皆さんのご参考にしてくだされば幸いでございます。●参加者さんのご感想… 読書会には、読書会ならではの良さがあるなと思いました。参加している人数の多少とか、メンバー同士の会話の内容とかは別に、集中して志を同じくする者同志が集まって読む。ただこのことだけであっても、特別の価値があると感じました。  霊的真理がもたらされたのは、地上人類救済計画の一環です。が、そういう大きな視点から見るだけでなく、一人ひとりの個人の視点から見ても、(一定の経験を重ねた者にとっては)それは人生の大変革をもたらすものです。それはもう(知ると知らないとでは)雲泥の差です。『あなた方の世界は、私たちからのメッセージ・霊の教えを必要としています。霊的真理についての理解、すなわち霊的摂理の存在と、自分自身の内部(魂)とより高い世界(霊界)から導きがあることを知る必要があります。そうすれば困難に遭遇したときには慰安と導きと援助をどこに求めるべきかを、学ぶことができるでしょう。』(シルバーバーチの教え(上)三章 霊界を挙げての大計画 P49/7~10) 苦しみのとき、もうどこに助けを求めればいいのと悩む必要はないのです。 自分の内なる声に耳を澄ませばいいのです。一人ひとりがこのように神の国を自らの内に持っているこのことに、目覚める者がより多く起こされることで、地上人類救済という大計画も、達成へと近づくのだと思います。● 私(籔中)の感想…今回は『シルバーバーチの教え(上)三章 霊界を挙げての大計画』を、「関西シルバーバーチ読書会」さんから拝借いたしました、レジメに沿って学習をして参りました。この章は改めて読んでいきますと、一行々からブログを綴っていくことが出来るほど真理の宝庫でして、思わず涙腺が緩んでくる箇所などもあったんですが、やはりトータルで見ていきますと、『霊界主導の地球人類救済計画』をシルバーバーチは語っております。