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「スピリチュアリズム普及会さん・関西シルバーバーチ読書会さん」より、『霊的知識・真理』を学んでいまして、自分でも「初めてスピリチュアリズムを学ぶ会()」を主催しております。

脳梗塞で障害がありますが、巡り合わせによって保護した茶トラ(アウル)・キジトラ(クロル)・茶トラ(ミヤン)の4人で暮らしています。

3匹ともメス猫ですが、彼女たちに引き寄せパンダ役になってもらい、ここAmebaでも「スピリチュアリズムからの正しい霊的知識・真理」を、多くの方に知って頂きたいと思ってる次第でございます(^.^)

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2018.11月の『読書会』の感想です(^.^)

今回は『関西SB読書会』さんへ参加する前に、それぞれ20年、30年とシルバーバーチを学習されてる大先輩にあたるお二人のご参加の意向をお聞きしておりました。常々、いつものメンバー様とは、“あと一人か二人のご参加があれば、またより良い調和ができますょねぇ~!”とお話をしてるんですが、この会を始めて1年半で、その機会が訪れるとは思ってはいませんでした(^.^)実は会を始めてからは、自分のヘルニアの激痛も合わせると、大きなところでは計4回も「お試し」的な出来事がありまして、正直申し上げますと、今回もその一つになるんじゃないかと思う不安が先に出て来た次第でございます……しかし当日を迎えると大先輩にあたるお二人も、いつものメンバー様も、『寛容・passive(受動)・調和』を意識した言動をくださいまして、とても良い雰囲気で会を終えることができました(*^^)v“いやぁ~、流石に皆さん大人の霊だ!”と、生意気にも内心で感心浸り切りだったんですが、学習して頂くテキスト選びには相当に悩んでおったんです(笑)お二人とは『関西SB読書会』さんで一度お会いしていたと思うんですが、何分そちらの方では私自身が勉強を中心にしているもんですから、お顔を拝見しているものの、メモ取りで手一杯の状態なので、失礼ながら記憶には残っておりませんでした(・・;)ですから、ほぼ初顔合わせの状態になったので、尚のことテキスト選びが難航したんです。やっぱし事前にお人柄とか、お話しされることを(知ってる・知ってない)のとでは、ぜんぜんテキストを選ぶ基準が違ってきまして、事前情報は大先輩であることと、いずれお二人も「読書会・サークル活動」をされる目標があることの2点でございました。“おそらく毎回のご参加ではなく、今後は時を置かれてのご参加になるだろぅ……”このよぅにも思いましたので、今後のお二人のためになるテキストを選ぶ必要がありましたが、当日の直前になって、そのための最良と思われるテキストが飛び込んで参りました!(^^)!それは普及会さん発表の『スピリチュアリズム普及と「シルバーバーチの読書会」について』でございます。おそらくこれは比較的に新しい内容だと思いますが、正直「これだ!」と直感しましたので、内容を一読もせずに印刷をいたしました(笑)結果的に4人で音読をして、1時間もかかってしまう内容だったのですが、皆さん不平も仰らずに淡々と読み上げてくださいまして、本当にありがたい気持ちで一杯にさせて頂きました!(^^)!ですがそれだけはなく、内容は今読書会やサークルをされてる主催者さん、これからそれらをされよぅとする主催者さんに向けての、「普及会さん渾身の指針!」でございまして、非常にレベルの高い内容にもなっております。ですから大先輩のお二人も、音読し終わったあとの第一声が「レベルが高すぎる!」だったのですが、主催者の立場の私からすると、「レベルが高いどころか、耳が痛くて胸にも突き刺さる!」でございました(>_<)自分で選んでおきながら、自分に一番堪える学習になってしまったんですが……この内容を印刷してお渡しできたことを、大変、嬉しく思っております(^.^)大先輩にあたるお二人に、「僭越ながら何を差し上げることができるだろぅ?」との思いで、思案のために300枚以上のコピー用紙を使わせて頂いたんですが、「レベルが高すぎる!」は最高のお褒めの言葉だと感じております<(_ _)>またお二人に「どぅぞ!」と言ったとき、喜びながらテキストをお持ち帰ってくださったことに対して、揺るぎない『霊的知識・真理への探究心』の一部を垣間見させて頂いたよぅに思いましたので、本当にその点は見習わなくちゃと、素直に感じ入りました<(_ _)>さて今回の読書会は前半に自己紹介をして頂き、懇談的な雰囲気にもなりましたので、後半の音読学習を終えたのが、教室賃貸時間ギリギリになってしまいました。したがって、皆さんの感想文は各自のご自宅から送って頂くことになったんですが、その分、更新が遅れるのも懸念がありますし、昨日の今日のことなので、ほやほやの状態で更新をさせて頂きたい思いも出て参ります。ですから、いつものメンバー様と私の感想文を先に更新させて頂きます<(_ _)>大先輩のお二人の分は、送ってきてくださった時点で掲載をさせて頂きたいと思っておりますので、ここをご覧くださってる皆さまも、どぅかご理解くださいますことをお願い申しあげます<(_ _)>では、いつものメンバー様と私の感想をお読みくださいませ(^.^)(メンバー様 50代・男性)『バックグラウンドを越えて』 この読書会で本格的に霊的真理を学んでいる方を、それも一気にお二人も迎えることは初めてのことで、刺激的な一時を過ごすことができました。
  自己紹介のお話をうかがうと本当にスケールの大きな体験を色々とされていて、それを人生の重みもともなって淡々と話されるのを聞いたあとで、今度は自分の番になると、そんなイベントがこれっぽちもなくて何を話せばいいのか困ってしまいました。
  自分には霊的なことに関心が向かう困難や悲しみがないような気がするし(飼い犬が死んだのがきっかけだったかもしれないと後で考えましたが)、人生を変えた出会いや出来事も思いつかない。そもそも語るに値するほどのライフストーリーのようなものが浮かんでこないのです。
  昔ならこんな自分が情けなくてしかたがなかったことでしょう。でも今は違います。
  こんな私も紛れもない霊ですから、無限のヴァリエーションがある中で私のようなこんな霊があってもいいのです。  それとちょうど昨日霊訓の中で読んだところを思い出してもいました。  「魂というものは開発されるほど単純さを増します」  いかに単調な生活を送り経験が乏しくつまらないように見える人生であっても、それで霊性まで萎縮してしまうわけではありません。心が常に開かれてさえいれば、経験の乏しさは魂の成長にそれほど障害にはならないでしょう(前世でどんな大胆な経験をしているかもわかりませんよ)。
  バックグラウンドは人により千差万別。真に大切なのは各人が今この地点からどこを目指すか、ひとえにここにかかっていると改めて心に刻みました。 (藪中 53歳・男)メンバー様も同じですが、自宅に帰って来てから感想文を書くのは、今回初めてのことです。私は今、これを書きながら感想文を書いております(笑)しかし、そもそも「SB読書会・サークルは強烈な魂の鼓舞」のところがありますから、いつもの生活を一晩送ったぐらいでは、それが消え去ることはございません。でもいつもやったら、「音読学習の内容」をメインにして感想文を書くところですが、今回はこっちも大変多くの学習ができた内容だったので、“この一節!”を取り上げて感想文を綴ることなど、無理に等しく思っております。やはり今回は、シルバーバーチを学習されてる大先輩のお二人のお話しが、メインになるでしょうか(^.^)お二人はそれぞれ70歳と83歳での御大でして、シルバーバーチの学習も20年・30年の大先輩にあたります。そのお二人をお迎えして、いつものメンバー様とともに「音読学習」もする。勿論、自己紹介のところで和気あいあいの雰囲気になり、4人が打ち解けていくのは自然な成り行きだと思いますし、実際にもそぅなっていきました、しかしそぅであっても、学習はしなくてはなりません。そのためにも「夙川公民館 第3集会室」と言う、「最高の学びの場所」が与えられておりますから、この場所とこの時間をムダに過ごすわけにはいかない思いもございました。ですが、自分本位でテキストを選んではいけません。ここで軸に据えたのは、「関西SB読書会」の主催者さんから訓えて頂いた、「主催者は霊的知識・真理を提供するだけの立場」であると言うことです。自分がこの真理についてこんなことを話して見たい。この霊的知識に合わせて、現実の社会問題まで所見を述べることができる。それを上手く演説することができたら、俺は気持ちが良いし格好いい!てなことだと、本末転倒になってしまうのが「SB読書会・サークル」です。この悪い例を避けるためにも、メンバー様のためになることを第一に考え、それを中心にした学習内容を献立して提供する立場に徹する――と言うのが、主催者のあるべき姿だと訓えて頂いております。ですが、お二人の大先輩をお迎えして、“何をご提供したらいいんだろぉ?”もぅこればっかりを考える日々を過ごしておりましたが、前日になって、直感を頂くことができた次第です。“懇談会で終わることはできない。学習は必ずする。でもその学習は皆さんのためになることを。”普段ならいつものメンバー様のことだけを考えていればいいのですが、今回は大御所的なお二人をお迎えしての学習をせなあきませんでので、本当に相当に悩んだんですが……そんな思いとは裏腹に、お二人の先輩は鼻っから謙虚に接してくださいました。お二人から見れば、メンバー様と私は子どもと言ってもおかしくない年齢で、これも当然ですけど、その分の経験の差は明らかです。これが普通の趣味の集まりだったり、お互いの知識を披露する飲食を兼ねた集いだったりしたら、おそらくどんな方も、無礼講のよぅに横柄な言動をされるでしょう。しかしお二人は、本当に私たちに対して謙虚に接してくださいました。そして私が選んだテキストにも、懸命に音読をしてくださいました。  「これこそシルバーバーチを真剣に学ぶ者の魂なんだ!」ほんとに生意気で申し訳ないですが、そのよぅに感じた次第でございます。もぅ、あれやこれやと感想で述べる必要もない言葉がそれなんです。こぅした言動に現れる謙虚さと寛容と受動精神は、ご自身の真理への探究心のみならず、真剣にシルバーバーチを学習された結果だと、僭越ながら本当に強く思いました。と同時に、その御大のお二人に比べたら、私などまだまだヒヨッ子だと感じ入りました……私は集ってくださった御大のお二人とメンバー様のことだけを考えて、会の進行に徹したつもりだったのですが、私自身が大変勉強をさせて頂いた結果になったんです。  「これがSB読書会・サークルで皆さんと霊的な時(とき)を過ごす最大の利点だ!」これだけを思いながら、帰途につきました。以上が、私たちいつものメンバーの感想になります(^.^)月に一度、スピリチュアリズム普及と言う志をともにするメンバーさんと一緒に学習することは、「スピリチュアリズム・ブログ」を発信しながらも、何気ない日常の中で「魂を鼓舞」することにもなってると思っておりましたが……今回大先輩のお二人をお迎えして感じたことは、魂を鼓舞するだけじゃなく、お二人の言動と姿勢を倣うことで、「魂の研磨もできたんじゃないか!」とさえ感じ入っております。  ならばやっぱし今後は、「本物のSB読書会・スピリチュアリズムサークル」を目指したい!  会の指針に沿って、各自で誠意努力していきたい!この思いも、確信的に変わって参りました。ですが、本物を探究して来られた大御所のお二人との出会いは、また一歩私たちを進めてくださったように思います。ここでそんなお二人に感謝を申し上げて、今回の感想を終わらせて頂きます。お二人様、本当にありがとうございました<(_ _)>……追伸(1)今回初めてご参加くださった方の内のお一人様が、感想文を送って来てくださいました!(^^)!ただこの中で「会の指針」と言う表現を使われておられますが、これは私がご提供した「スピリチュアリズム普及会」さんからのテキスト、  『スピリチュアリズム普及と「シルバーバーチの読書会」について」  のことでございます。私が「音読学習」をする前に、   “これは今後「SB読書会」をされる方々への指針となります!”と言いましたので、それをご指摘されての内容になります。どぅかそのことをご理解くださいまして、お読みくださいませ<(_ _)>(初参加メンバー様 70代・男性) 「11月読書会感想」 まず会の指針を学習させていただきました。 感想は以下の通りです。

  指針のほとんどは納得できる内容でした。純粋で崇高な理念が述べられていました。しかし最後の方の結論部分については読み終わったあと、そして帰宅してから気分が悪くなりました。      我々は神に向かって少しでも近づこうと努力しているのではないでしょうか?しかし書かれている文章、提案にはただ厳しさを求め、ついてこれないないものは切って捨てるような氷のような冷たい響きを感じました。
 
     指針の結論と表現には希望や光が見えません。    なによりも神の暖かさが感じられません。 神の道を求める者も迷い、挫折を繰り返しながらこの辛い人生を生きているのです。自分が強いと思えば弱い者を棄てるのでなく励ましの手をさしのべるのが神の道を求める者の基本的な心得だと思います。
    全てのものが完璧で強いわけではありません。悲しきかな、弱く多くの欠点を持つのが人間だと思います。

  修行僧のような一途な厳格さを求めることがシルバーバーチ霊団の意図するところでしょうか?  シルバーバーチは厳しさの中にも深い慈愛でもって人々を励ましていると思います。《シルバーバーチの霊訓1巻191p、同じく2巻1章》など。  
 『霊界の道具、人類救済の無名の戦士として捨て石となることを喜び、自分の人生の全てを捧げるような人間でない限り、霊界が働く本物の読書会はつくれません』(『スピリチュアリズムの普及と「シルバーバーチの読書会」について」より) この提案に対してわたしのような無力な魂が批評する資格は全くありません。完璧な表現ですから議論する意図もありません。。  しかしなにかしっくりいかない文章です。捨て石になりきれない弱い魂には霊界から励ましや援助の手が差し伸べられることはないのでしょうか? 追伸(2)今回初めてご参加くださいました「お二人目の人生の大先輩」が、感想文をお手紙で送って来てくださいました。本当に正直な所感を綴ってくださってます。また、お手紙の中で「追伸」として綴られた内容が、失礼ながら「大先輩らしい」内容でしたので、勝手で僭越ではございますが、一緒に掲載させて頂きたいと思います。では、お読みくださいませ。(初参加メンバー様 80代・男性)    『シルバーバーチ読書会 夙川教室 感想文』1)会員の方が籔中さんとメンバーさんの2人で、少人数のことは良いのですが  ―(これから多数に増えますから)―2人とも、「関西SB読書会」の会員さんであり、   兼任会員さんであることに驚きました。2)読書内容は大変立派であり、又、高度のものでありますが、多分新人の人ー「霊的真理」の少しも   理解の無い人、又は少ししか体験していない人ーには、高級レベルでついてゆけないのではと、   心配です。(追伸) 来年の事を言うと「鬼が笑う」と云いますが、私も高齢ですので、一人でも多くの人に「霊的真理」を訓えるのでは無く、「シルバーバーチと言う方の哲学がありますから、みなさん読んでみて下さい」と言う、「シルバーバーチ哲学の “ご披露” 」に徹して、その方の生活に少しでも豊かさと美しさを身につけていただけるようにいたいと思っています。 基本テキストは「背後霊の不思議」(著作 М・H・テスター)です。以上で私を含めた参加メンバー全員の「感想文」が出揃いましたが、前途の通り、今回は人生でもシルバーバーチ学習でも、大先輩にあたるお二人をお迎えしての読書会でしたので、前半は自己紹介を兼ねたお話しをお聞きすることに決めておりましたけど、後半の音読学習のテキストは相当に悩みました。当初は、「初めてスピリチュアリズムを学ぶ」方のために私たちが作成していた「4種類のテキスト」を、是非先輩方にも目を通して頂こうと思っておりましたが、本当に僭越で生意気ですけども、“大先輩のお二人のためにも何かを持って帰って頂きたい……”―この思いが自然と沸いて参りまして、前日にこれだと感じたのが今回のテキスト―『スピリチュアリズム普及と「シルバーバーチの読書会」について』―でございました。これは先にも言っておりますが、普及会さんからの「指針」としてはハッキリ言って、非常にレベルが高い内容でございますし、それをテキストに使用した私自身も、まだまだのところに居ります。しかし、いつものメンバーさんも私も大先輩のお二人も、そこへ目標を設定する「時期」が来ているのではないかと思ったんです。いつものメンバーさんも私も、10年近くシルバーバーチと普及会さんを学習しております。大先輩のお二人は、普及会さんこそまだ本格的には学習をされていませんが、シルバーバーチに関しては20年・30年と勉強をされておられるのです。そして80代の大先輩は来年に、70代の先輩といつものメンバーさんも近い将来、ご自身の『SB読書会・スピリチュアリズムサークル』を開催されることを目標にされております。この「スピリチュアリズム戦士」が御三方も集われるならば、それ相応のテキストをご用意させて頂くべきだとの判断で、今回の学習内容になった次第でございます。今後も皆さんと学習をさせて頂けると思いますが、その勉強内容は、やはり高いところの「指針」にさせて頂く所存でして、そのほうが新しく来られる「スピリチュアリズム入門」をされたばかりの方々のためになると思うからなんです。シルバーバーチに出会い、スピリチュアリズム普及会さんにも出会い、そして私たちの読書会へもご参加くださる新しい方々にとっては、メンバーさん全員が先輩にあたります。その先輩が「入門レベル」に甘んじていては、新しい方々のためには決してなりません。どんな質問をされても、仮に悩み事などをご相談されても、「正しい霊的視野」の角度から適切なアドバイスをする必要が、迎えるメンバー全員に「霊的責任」としてあると思います。そぅしながらも新しい方々と共に学習を通して『霊的な時(とき)』を過ごし、「霊主肉従の体験」を積み重ねて行くことが、最も理想的な読書会ではないでしょうか。最後に……お二人の大先輩。今回は初めてのご参加で、少々反発を覚えられた内容だったかも知れません。でも、何十年と真理を探究されて来た大先輩のお二人に、簡単な霊的知識や初歩的な普及会さんからの指針をご提示するのは、返って失礼なことになります。お二人は反発をされたとしても、おそらく霊界にてすぐに内省と順応された神智学のブラバッキ―や、あのマザーテレサのよぅな「偉大なる受動精神」をその内面で育んでおられますので、きっとお二人も今回のよぅな学習内容であっても、ご自身の中に取り入れられると信じております。その一端が私たち若造を相手にした、お二人の「寛容精神・受動精神・調和精神」にお見受けすることができました。そのご姿勢に本当に感銘を受けましたし、これは私たちが生涯を通して見習うべき「最大最強の精神」です。お二人の大先輩方、本当にありがとうございました。今後ともどぅか、よろしくお願いいたします。

2018.10月の読書会感想

 今月は月末の27日(土)が読書会だったんですが、準備のことを考えると、月末も悪くないなと思いました(^.^) 自分は『関西SB読書会』さんへも参加させて頂いてるので、月2回、霊的な活動をしております。ただどちらも気持ちの準備と言うか心構えと言うか、普段は愛猫たちに振り回され、独り身のクセにけっこうなんやかんやと時間を過ごしているもんですから、割と「肉主霊従」になりがちなんですねぇ~……(・・;)でも、なんやかんやと言うのはブログでございます。 皆さんも知ってはるかと思いますが、本ブログ・セカンドブログともにイラストを用いりまして、端的に読み易いよぅに工夫をしておるんですが、結局のところ「文才」がないもんですから、それを補うためにもそぅしているんです(笑) 「文才」があったら、そんなことをワザワザしなくてもいいんですが、以前の文章だけの場合ですと、ほんとにエネルギーを使っちゃうもんで、綴り終わるとヘトヘトになっておりました。 まぁそれが分散できるよぅになったんですが、その分、更新は遅くなります。遅くなると、初めの「伝えたいこと」が変わってくるもんですから、その度に見直しの作業もするハメにもなってしまいます(>_<) けど、毎日それに取りかかることで、自分なりに充実した日々を送るよぅになっておりまして、その中でも最大のイベントが先の2つの読書会でございます<(_ _)> ただし自分のほうは、必ず現地に行って2カ月先の予約と料金の支払いをせなあきませんので、それも合わすと月に3回は遠出をすることになりますが、これも月単位で見た場合の生活の一部となっておるのは間違いありません(笑) こりゃもぅ、与えられた時間で与えられた課題でもあると、自分なりに「甘受」させてもらってますが、皆さんは何か、そんな風に思うことってありますでしょうか?(^.^)今回も、そんな中での物的準備と精神的準備をした読書会だったんですが…… 今回はどぅ言うわけか、「闘いに行く」よぅな心境で挑んでおりました(笑)ただ誰に対する闘いなのかは分からなかったんですが、でもおそらく、自分自身に対する闘う気持ちだったんじゃないかなと思います。何のために、誰のために、SB読書会をするのか?…… この目標と目的意識が明解でないと、闘いに負けちゃうかも知れませんねぇ~……いや今回は、変な前置きになってしまいました(>_<) では、各自の感想をお読みくださいませ<(_ _)>今回の学習項目は、『シルバーバーチの教え(下)』(二十章 スピリチュアリズムの第一線で働く人々への励ましのメッセージ)と、『ニューズレター30号』(良きスピリチュアリストになるためには、まず何から始めたらよいか)を、音読学習いたしました(*^^)v(メンバーさん)  最高に価値ある、最も崇高な生き方それは霊的真理、すなわち真理を地上に普及させるために一生を捧げた人の生き方のことです。
 そのような生き方、つまり絶対最高の人生を送りたくはないですか?送りたいでしょう?たった一度きりの人生、せっかく生きるのなら最高を目指さなくてどうします?
 ただ、そんな生き方をするためには当然下準備が必要です。詳しくは霊訓に当たっていただくとして、ここではそのための心構えを端的にお示しさせていただきましょう。 「心に愛を、頭(こうべ)に知識を、そして魂に奉仕の決意を満たしてください。そうすれば大霊の意思があなた方を通して顕現し、その心が大霊の心と調和して鼓動し、大霊と一体となることでしょう。」(「シルバーバーチの教え」20章97頁)
 佳き知らせを告げ知らせる人の歩みはなんと麗しいことでしょう。 (藪中)今回は『教え(下)』(二十章 スピリチュアリズムの第一線で働く人々への励ましのメッセージ)と、『ニューズレター30号』(良きスピリチュアリストになるためには、まず何から始めたらよいか)を、音読学習いたしました。この2つの学習項目は、一見すると、余り関係がないよぅに思われるかも知れませんが、続けて両方を音読すると、“今の自分たちは必ず学んでおくべきだ!”と言った、思いにさせられました。“何のために、誰のために、どんな動機で、何をするか?……”これらを真剣に受け止めて、真剣に取り組んでいく姿勢が、ほんとに問われているんだなと、痛感するばかりです。そしてそれは、何もブログで発信する、月一は必ず読書会をする以外に、普段の生活の中にも求められ、「人に伝える前に、まずは自分から正す!」ことの大切さを、教えてくださったよぅにも思いました。実は自分の本ブログで『ニューズレター30号』は、学習をしたばかりだったのですが、改めて復習をしてみると、ますます自分の目的・動機を正すこと、日常においても霊主肉従の努力をすることが、本当に探究する義務もあるように感じました。幸い今は、日々のブログ発信と、読書会を中心に据えた生活を送らさせて頂いてます。これを継続していくこいとで、もっと自分が鍛錬できればと思うばかりです。以上が、今回の各自の感想でございます(^.^)今回も勿論、皆さんの心をノックできればと思う気持ちで各自綴っておりますが、やっぱり学習内容は入ってきますねぇ~(*^^)v“絶対にどこか、右から左へ流れてるゎ!”と思いつつも、こと日常生活にも言及された内容になると、知らず知らずのうちに「実践」をしてるよぅな気がいたします。そぅ振り向くと、前置きで言いました「闘いを挑む!」って、あんがい、間違いじゃないかもって思えますねぇ~(*^^)v今回もここまでご覧くださいまして、ありがとうございました<(_ _)>

2018.9月の感想文

 普段、「霊的知識・真理」と、お集まりになったメンバーさんからも勉強させて頂く、『関西SB読書会』さんへ出席したあと、気の緩みからか「鼻かぜ」を引いてしまいまして、慌てて今回の読書会前に病院へ駆け込んだんですけど……どぅやら持病の喘息も発症しておりました。 それでも気は張って居れましたので、今回もポジティブに読書会と向かい合うことができました。しかしそこで大きな『学び』が待っておりましたので、それが分かった内容を少しお話させて頂きます<(_ _)> 今回は復習を兼ねて普及会さんからの『スピリチュアリズムの思想[Ⅱ] 愛の摂理と真実の愛の世界(霊的同胞世界)の確立』と、『スピリチュアリズムの目的は、神の愛が支配する霊的大家族の確立』を先ず選び、それらに関連するものとして『シルバーバーチの教え(上下巻)』から、章をチョイスすることにいたしました。2)愛は霊的成長のための霊的栄養素 神は、人間を霊的存在として創造されました。人間の魂は神の分霊であり、ミニチュアの神です。それゆえ人間は神の子供と言えます。霊的存在である人間は、永遠の霊的成長の道をたどることで少しずつ神に近づき、神と深く結ばれるようになっていきます。 
さて、その「霊的成長」のためには、霊的栄養素・霊的エネルギーが必要です。肉体の成長に食べ物や飲み物といった栄養素・物質的エネルギー源が必要なように、霊的成長にとっても霊的エネルギー源が必要となります。愛はまさにそのための“霊的栄養素”なのです。霊界・宇宙の愛の根源は神に発します。「神の愛」が降下して、霊界・宇宙のすべてを満たしています。その愛のエネルギーが、すべての生命体を生かしているのです。 
宇宙の大気中から神の愛のエネルギーを取り入れ、地上で具体的な愛の関係をつくることによって、人間の魂は成長するようになっています。人間の「霊的成長」は、愛の関係をつくり、愛の実践を重ねることで達成されるようになっているのです。愛する人と愛される人がいて愛は成立する 神が人類を愛し、人類は神から愛されている――神と人間は、こうした「愛し・愛される」という関係にあります。この「愛し・愛される」という関係が愛の出発点になります。
 人間同士の場合も、愛する人と愛される人がいて愛の関係が成立します。そんなことは当たり前だと思われるかもしれませんが、このあまりにも単純な事実の中に、深い愛の真理と本質が潜んでいます。“愛”とは、愛する人と愛される人がいて始まるものなのです。
 これは愛の関係をつくるためには、どちらか一方が「先に愛する立場」に立たなければならない、ということを意味します。神と人間の関係であれば、文句なしに神が愛する立場に立っています。人間と動植物の関係であれば、人間が愛する立場にあるのは明白です。 では、人間同士の場合はどうかということになると、ここに急に難しい問題が発生するようになります。なぜなら大半の人々が、「先に愛されること」を願うからです。 (以上、『スピリチュアリズムの目的は、神の愛が支配する霊的大家族の確立』より抜粋) これらの項目が書いてある内容に対して、関連する『教え(上下巻)』の章を選んだのですが、どぅいぅわけか、「二十二章 シルバーバーチ子供と語る」をチョイスいたしました。 今、この感想文をご覧くださってる皆さんなら、この章が『シルバーバーチの教え(下巻)』の終わりのほうに位置するにも関わらず、シルバーバーチがどれほど〝愛の人〟であるかを、手にとるよぅに理解できる内容だと、ご存知のことだと思います。 ここでの内容の詳細は割愛いたしますが、この「シルバーバーチの愛」が、私自身が気付かなかったことを、気付かせてくれることになりました。そして、上の抜粋を含む内容が、それがどんなことかを具体的に教えてくださったことにもなったんです(^.^) 今回は押しつけるよぅにもなりますが、これらのことを念頭において感想文をお読みくださいますと(特に私、藪中の感想文)、サークルでもあるこの読書会での学びを、少し垣間見て頂けるんじゃないかと思う次第でございます<(_ _)> では、各自の感想文をお読みくださいませ。(メンバー様) 霊的法則の中で一番核心だと私自身が今現在思うものは、すべての霊が進化途上にあり、その体験することはすべてそのために資するはずの良いことなのだ、というものです。でもその前提は神の永遠の愛があればこそです。 (質問)霊的法則の中でも一番大切なものといえば何でしょうか (答え)”互いに愛し合うこと”これが最大の法則です。
  神が永遠に公平に誰一人漏れることなく愛してくれるように、霊的太陽のように愛を惜しみ無く注ぎ続けてくださるように、私たちもそれにならって愛を顕現していかねばなりません。それが私たちが摂理に従って果たしていかねばならないことです。
  それを実践するとき自分一人で頑張ろうとするのは心がけは買いますが、頑張ろうとするあまり自分が大霊の子であるという特権を忘れないように注意しなければなりません。そうでないと悲壮なことになってしまいかねません。  「愛とは、魂の内奥でうごめく霊性の一部で、創造主である神とのつながりを悟った時に自然に湧き出てくる欲求のことです。」
  本来は分霊の私たちにも無限の愛が眠っているはずですが、それを顕現することが難しい以上、大霊の助けをいただくようにしましょう。 どんな人に対するときも大霊とのつながりを意識しつつ、大霊よりいただく愛で自分も愛するのだと思えばリラックスできます。大霊の愛でもっておおうことのできない人など存在しないはずだからです。
  そうやって実践するうちに次第に自分の愛のキャパも広がっていくにちがいありません。 (藪中) 本日は読書会の日なので、いつものように数日前から心がけをし、学習教材・テーマも選んでおりました。 ところが、今日の朝(当日の朝)になって、何でもないことでチビたち(愛猫たち)を叱ってしまい、せっかく数日前から切り替えていた心がけも、そのことでどこかに飛んでしまったように思いました。 〝それじゃ、ダメだ!〟と気を取り直し、チビたちにも謝って部屋を後にしたんですが、今度は行く道中に立ち寄った「立ち食いそば屋さん」で、人様を一瞬だけ疑ってしまうことをしてしまい、〝自分はなんて傲慢でエゴなんだ!?〟と思い知りました。 こりゃ「性癖」のようにも感じてしまい、まだ読書会の現場にも着いていないのに、早くも落ち込んだ状態になってしまったんです。 それでもメンバーさんを受け入れる準備をした後に、今一度落ち着きを取り戻し、一人で「祈り」をいたしました。 ですが……2度あることは3度あるでして、今度はメンバーさんより重大なご指摘を受けることになったんです。 そこで初めて、本日の朝から起こっていた一連の原因が、この夏を通して知らず知らずのうちに育んでしまった「自己満足・傲慢・エゴ」であったことに気づいたんです。 私は一瞬ご指摘をくださったメンバーさんに〝ムッ!〟とした言葉を言い返しましたが、そのすぐ後にシルバーの言葉を読むにつれ、ここまでの自分のありさまと反省がハッキリと見て取れたんです。そしてその音読が終わった後に、メンバーさんに謝罪の意を述べると共に、本日の一連の情けない言動を聞いて頂いたところ、メンバーさんはそれに理解と寛容をくださいました。 ここまでのことはまさに本日の学習項目である、「愛は一番大切な霊的法則・スピリチュアリズムの目的は、神の愛が支配する霊的家族の確立」に、すべて当てはめることができまして、私は結果的にその教材を含めると、計4度も頭を殴られることになったんですが……これもこのサークル・読書会を介しての「大いなる学びの体験」だと思う次第でございます。 しかしこんなこともないと、私は成長していきません。本日のことをバネにしてまた来月からも、読書会を頑張って行きたいと思いました。以上が、9月の読書会感想文となります。 今回初めて文中で「サークル・読書会」と言いましたが、私たちは『関西SB読書会』さんで出会いまして、正式な形として『シルバーバーチ読書会』を行っております。〝シルバーバーチ読書会って、どんな人が集まり、どんな勉強をしてるんだろぅ?〟 こぅ思われる方々にも即応できるよぅに、名称も『初めてスピリチュアリズムを学ぶ会』とさせて頂きまして、メンバーさんご協力の上、その方々用のテキストも作成しております。 野球の球団に例えると、『関西SB読書会』さんが一軍なら、私たちは二軍の位置づけをしてまして、当然のことながら、一軍と同じ「教材・学習項目・テーマ」を中心に勉強しているんです。しかしその実態は「魂を磨く場所」にも成ってます。勿論、「霊的エネルギー」も頂けます。『霊主肉従』の状態にも成らせて頂けるんですが、同時に『魂を洗う場所』にも成ってるようでございまして、今回の私のように、この夏、最低までの『肉主霊従』には成らないよぅに頑張っていたその裏では、知らず知らずに育んでいたものがあったと、気付かせて頂きました。 このことはやはり同じ志を共にし、その目標をより深いところで意識するためにも、「寛容・受動・調和精神」を持って、学習に挑む姿勢であったからだと思う所存でございます。 こんなこともあったせいか、読書会後はより多くの人に来て頂きたい思いから、後お一人かお二人だけでも良い思いに変わったのですが、それは終始音読だけの学習でも、自分の霊性にとってためになる勉強と体験が積めるんだと、確信が持てたからだと思う次第です。 それにしても「自己満足・傲慢・エゴ」と言うものは、ほんとに知らないうちに潜んでいて、気付かないうちに少しずつ、表面に出てくるもんなんだなと痛感いたしました。 だから今回の学習はまた折を見て、一年に一回は復習したいとも思った所存でございます。

2018.8月の読書会感想

まだまだ暑い日が続いておりますが、この8月も読書会を行って参りました。恥ずかしながら先月の読書会からは、ブログでの発信をまったくやっておりませんで、これまで散々に〝『スピリチュアリズム普及』と言っていたことはいったい何だったのか?…〟――と、皆さまに思われても仕方ないところまで、自分で自分を持って行ってしまいました(>_<)こりゃもぅ、「ダラしない!」の一言状態になっておりますが、自分の中では「これも自分らしい!」と思うところがあるんです(笑)と言いますのも、昔からルーズなところがありまして、夏休みの宿題はまともにやったことはありませんし、普段の宿題もやったことがなく、何をしに学校に通ってたか、自分でも分からないところがありました。社会人になってからは真面目にもなりましたが、一種の性癖なようなルーズさは残ったまま、今に至ってるような気がいたします。こう言った〝癖〟も、この地上界で克服しとかなアカンのかも知れませんが、今回は以前のルーズさに比べ若干ですが、違うところがあるようにも感じております。それはやはり、この『シルバーバーチ読書会』を、キチッとできたことです(*^^)v普段のルーズさは自分自身の課題になりますが、『シルバーバーチ読書会』は、私たちメンバーの守護霊さんを始め、生前に所縁のあった霊界人さんたちもご参加頂いております。それは今月の開催日時が、もぅ2カ月前から決まっていたことからもお分かりになるように、この読書会はそのときに主催者がどんな状態であろうとも、必ず開催されることが大前提になっているんですねぇ(^.^)私はそこで進行役をさせて頂いてるだけですので、もし私が急死した場合であっても、おそらくメンバーさんが引き継いでくださるんじゃないかなとさえ、思う所存でございます<(_ _)>ただまぁ、今は私がその役を仰せつかってますので、私のルーズさがどうだろぅがに関係なく、この地上での「霊的な集会」は欠かされることなく、予定通り開催されて参ります。これが以前の私ではないところなんですが……この読書会を無事に開催させる義務というものは、改めてなんですが、背後で非常に大きな「力」が働いているんじゃないかなと思いました。守護霊さん、生前に所縁のあった霊界人さんたちが参加されてるのは間違いないと思うんですが、それだけではなく、皆さんが摂理に許される範囲で「霊力」を使ってくださったようにも感じます。私はこの夏にルーズになってしまったので、今回は半ば「開き直り」のような感じで参加をしたんですけども、内容的には普段と変わらず「濃いぃ霊的な時間(とき)」を過ごさせて頂きました。学習項目は選ばせて頂きましたが、実は当日の朝に決定いたしまして、もぅそれしか時間的にも選択ができない状態やったんですが……ほんとに恥ずかしくもなく、よくまぁ~平然としていたものだと、自分でも呆れております(笑)しかし参加者がそぅであっても、その時間は開催が決まっておりましたし、守護霊さんを含めた霊界人さんが参加されることも決まっていたんですねぇ(^.^)これは『シルバーバーチ読書会の舞台裏の一部』だと思いました(*^^)vさて今回の読書会内容ですが、来月に開催されます『関西SB読書会』さんで、この夏の宿題として出されていた「各自の祈りの内容」を、予習として行うのが一つ目の学習でした。そしてもぅ一つは『スピリチュアリズム普及会』さんからの、「スピリチュアリズムの思想[Ⅱ] 3.人間の霊的成長を決定するさまざまな摂理と、永遠の霊性進化の道(1)霊的成長を決定する、さまざまな摂理」を、音読学習いたしました。今回はメンバさーさんも了解の上で、いつもの感想文と合わせて「各自の祈り内容」も掲載させて頂きます<(_ _)>私たちが普段はどぅ言った内容の祈りをしているのか、今回はこれも合わせて知って頂けるかと思うんですが、やっぱし人間は人それぞれに個性があるんだなと、感じて頂けるとも思います(^.^)前置きが長くなりましたが、「各自の祈り」も合わせてご覧くださいませ<(_ _)>(メンバー様)『祈り』全てを創造し、支配し、経綸なされている大霊なる神よ、御名を崇め感謝します。今日も、いついかなる時も、霊的原理を見据え、できる限り従っていくことができるようにお守りください。霊的成長を目指しつつ、自分の果たすべき役割、霊的真理の普及、地上天国化の道具、霊力流入のチャネルとして役立っていくことができるように、お道きください。大霊の名により、感謝してお捧げいたします……『感想』「霊的成長は霊の本能」 私たちの本質はものの数十年の存在である肉体ではなく永遠不滅の霊です。
 豪華な屋敷や高級車、ブランド品やグルメ、海外リゾートでの優雅なバカンスやセレブの集うパーティー、貴族的な趣味…そういったものがなんぼのものですか。
  永遠の霊としての生活のなかでは、そういった地上人にとって恵みとされる体験というのは、今生ではなかったとしても、いつかは誰もが体験するものですよ。 それを今生味わえることをさも特別なことのように人々やメディアは持ち上げて伝えてきますが、惑わされないようにしないといけません。 そんなことより、何事においても、どんなありふれた生活のなかであっても、霊の成長にとって意義のあることを行っているかどうか、確かに自分は成長したと心の底から手応えを感じ取れているかどうかが重要です。
 リア充したければ霊的成長を目指さなくてないけません。そこにこそ真の自己実現、本質的な霊の歩みにおける確かな前進があるのですから。 (藪中)『祈り』天の親様……もうご存じの通り、私は先月の読書会以降、ブログを発信することも、霊訓に触れることもしておりませんでした。これは決して暑さだけのせいではなく、自分の「やる気!」がふせてしまったからでございます。「肉主霊従」に流され、自分の目標と目的を置きっぱなしにしてしまったからです。〝まだこれからも人生は残っている。その間に何とか目標に近付ければいい!〟などと、勝手に思うようになってしまったからです。しかしそう思えば思うほど、一日が過ぎるのが早く、あっという間に8月の読書会を迎えてしまいました。〝どうしてこの間に、もっとブログを発信しなかったのだろう?……〟この後悔が、実は親様からのお言葉なのかも知れません。あなたはそうして今までも、私を見てくださってました。あなたそうしていつも、私に語りかけてくださってました。そして今日は、こうして読書会をさせて頂いてますが、これもあなたの意思かも知れません。私はやはり、あなたの道具で居たいです。どんなに本能的に流されても、あなたの道具で居たいと思います。どうかこの想いを、お聞きくださいませ……『感想』私は「自分の祈り」の中でもお話した通り、この夏はほんとに「肉主霊従」の状態になってしまいまして、まったくと言っていいほど「ブログ発信」もできておりませんでした。〝その間、いったい何をしてたんやぁ~?……〟と、ここをご覧下さる皆さんはお思いになられるでしょうが、昨今はネットで映画も観れますし、Youtubeで様々な情報を見聞きすることもできるので、一日をあっという間に過ごすことが可能なんです。と言うか、実際にそうして過ごしておりました。勿論、暑い日が続いたので「気力」がなかなか出なかったんですが、それに流されてしまったんだと思います。そこで本日の読書会では、『霊的成長に関する摂理――「永遠の霊的進化の法則」』を学習テーマに選ばせて頂いた次第です。この中には「8つに及ぶ法則」を詳しく解説してくださってます。そして当然、今回の私の場合にもあてはまる「法則」も述べられていまして、それは「自由意思」を「霊的成長」へと向けずに、「霊的成長ストップ」にさせてしまったと言うことです。3匹のチビたち(愛猫たち)の面倒はちゃんと見ておりましたけど、肝心の「スピリチュアリズム発信」は怠けていたので、結果、「霊的成長の停滞」を、自分で招いてしまったと思っております。これじゃ守護霊さんも、常に尽力をくださる背後霊さんも、呆れてしまわれるだろうと感じました。しかし……そんな私でも「天の親様」は見つめてくださってるのか、今回の読書会も、メンバーさんとの調和の中で、多いに学ばさせて頂いたように思います。この見つめてくださってると感じることは、心の涙を誘い、目じりにも溜まってくるんです。「この宇宙一、最大で最強の親様に、私は甘えることができている!」この想いこそがまた私を、戦場へと駆り出してくれると信じます。以上が今回の「読書会感想文」となります(^.^)ほんとに今回は情けない一カ月を過ごしたと思いましたので、私は少々大げさな表現になっておりますが、心の奥では「こういう時期(とき)もある!」と思っているんです(笑)そもそも肉体を持ってますし、前世からの負の部分も背負っておりますから、何もかもがそぅ上手く行くことなんて、絶対にありゃ~しません!そこでけっこう大事だと思ったことは、良心のささやきに素直に従うこと!(^^)!これって難しそうで簡単、簡単なようで難しい部類になるかと思いますが、やってみると、不思議と夢中になれるところがあるんですょねぇ~(^.^)意外とそんなところに、本当の自分が現れるのかも?……な~んて思ったりします(笑)でもこんな風に言える学習ができるってことは、やっぱし地上人生って、ムダが無いように思いますじゃねぇ~(*^^)v勿論、「霊的成長の観点」から見たら大いにムダをされてる人が圧倒的に多いとは思いますが、一度「スピリチュアリズム入門」を果たされますと、そこからのムダは一切ないよぅに感じます。と言うことは……やっぱしスピリチュアリズムって、素晴らしい運動だなと思いますねぇ~(*^^)vでは、これにて失礼いたします。最後までご覧くださいまして、ありがとうございました<(_ _)>

2018.7月の感想

例年なら〝よぅ~やく梅雨も明けて、夏本番になってきましたねぇ~!〟とご挨拶をするところですが、皆さんもご承知の通り、今年はほんとに異常に暑くて早い夏が来ております。またそれに合わせて異常気象にもなってまして、豪雨による大きな水害も発生しており、もぅ200人以上の方が犠牲になられています。まだこれからも台風が発生することを思うと、この大水害は決して「対岸の火事」ではなく、次は自分たちの地域が被害を受けるかも知れないと言う用心を、されるべきだと思いました。「死」は決して悲劇ではありませんが、霊的に見た寿命があったにせよ、心の準備ができないままに旅立たれなくても良かったかもと思うと、やはり災害には普段からも備えて頂くのがベストじゃないかなと思う所存でございます<(_ _)>どぅか皆さまも、お気を付けくださいますことをお願い申し上げます<(_ _)>さて、『7月のシルバーバーチ読書会』を開催して参りました(^.^)今回は『関西SB読書会』さんでも取り上げてはりました『祈りの実習』について、わが読書会でも学習項目にしようと思い、『シルバーバーチの教え(上)七章 正しい祈りとは』と、普及会さんからの「スピリチュアリズムの思想[Ⅲ] 7.祈りの実践 (1)祈りの霊的意義と本質」をそれぞれ音読学習をいたして参りました。早速ですが、各自の感想をご覧くださいませ<(_ _)>(メンバー様)「すべての時を祈りで満たす」祈りについて学んだが、これは特に地上人にとって重要なことであることがわかる。地上人は霊的盲目に陥っているからである。霊界人も祈るだろうが、あまりにも当然のこと、ありきたりなことなので、特別祈っているという意識なしで祈るのではないだろうか。いつでもどこでも大霊の力が感じられて、何もかもが大霊の摂理にしたがって起こることを悟っているわけだから、必然日常のすべてが祈りと共にあるだろう。 振り返って地上人は困ったときにしか神を意識しないから、祈りというのが特別な行為に感じられる。しかしわたしたちスピリチュアリストを自ら任じる者はそれではだめでしょう。霊界人と同じように日常の生活のすべてが祈りと共にあるべきだし、その祈りの内容も、ああしてほしいこうしてほしいなどではなく、摂理に沿った祈り、地上天国化、新しい時代の招来のために役立たせてくださいという祈りにならなければウソじゃないだろうか。 と私は思う。 (藪中)今回は『教え(上)七章 正しい祈りとは」と、普及会さんからの「スピリチュアリズムの思想Ⅲ 7.祈りの実践 (1)祈りの霊的意義と本質」を、音読学習したしました。どちらにも「祈りは霊的成長の手段の一つであって、それだけで成長が伴うものではない!」――と言った内容を深々と掘り下げて、まとめてあったと思いました。〝じゃ、自分はこの祈りの実践をやっているのか?〟〝霊的な親様でもある神に祈りをしているのか?〟ここを省みることにもなったんですが……これまで自分はどちらかと言うと、守護霊さんに語りかける場合が多く、天の親様にはあくまで「霊界の道具として使ってください!」を主として祈っておりました。守護霊さんは天の親様の「親代わり」として、自分たちを見守ってくださってると学習してますので、もっぱら守護霊さんに語りかけるときが多くなったんですが、一昨日・昨年と立て続けに実の両親が旅立たれてからは、〝グッ!〟と天の親様が「本当の親」であることの実感がしてなりません。ですので今は、守護霊さんに語りかけるのと同じぐらいに、天の親様にもよく語りかけています。ただその内容は仰々しいものではなく、ごくごく普通に話しかける感じです。「今日はこんなことがあって、こんな風に思ったんやけど、それは正しいんかなぁ~?」見たいな感じの、ほんとにそばに居る親に相談をしてるように話しかけます。その中で「守護霊さんはどぅ思う?」と振ったりしますので、自分の周りに親と兄が居て、会話をしている感じでもあります。これは意識をせずとも、自然とそぅしてしまっているんですが、その中でキッチリ返答を頂いているよぅにも感じます。もしこれも「祈り的」と見てくださるならば、そんな日々の中で読書会もブログもさせて頂いていることに、やはり感謝をしたいと思いました。以上が今回の感想文なんですが、毎回思いつつも今回もメンバーさんと感じ入るところがあったのは、学習を始めて帰路に着くまでにたった2時間ほどなんですが、とても濃縮な時間でございました。学んだ限りでは「霊界の一日は地上の一年ほどに相当する!」なんですが、と同時に霊界では時間の感覚がないとも習っております。これは『関西SB読書会』さんでも感じることなんですけど、自分たちが感じているのは、もっと長い時間なんですねぇ(^.^)でも実際はたった2時間ほどです。帰り支度も含めてなんで、実質のところは1時間半ほどですか(笑)「霊界」では肉体がないですから、尚更に長いとか短いとかは感じないんでしょうが、それらを地上でも共有しながら体験できるって、とても素晴らしいことなんじゃないかなと思いました(*^^)v今回もご覧くださいまして、ありがとうございます<(_ _)>こぅした学習内容をいたしておりますので、「私もやってみたい!」と思ってくださるならば、是非ともご参加のご連絡をくださいますよぅ、お願い申しあげます<(_ _)>心よりお待ちしております……

2018.6月の感想(^.^)

天候はあいにくの雨模様でございましたが、メンバーさんと共に「6月のシルバーバーチ読書会」を行って参りました(^.^)ところで私たちの会は、『初めてスピリチュアリズムを学ぶ会』となっておりますが、これは「シルバーバーチは読んでいるけれど、初めてスピリチュアリズムに触れる」と言う方々を対象にさせて頂きたい思いからでございまして、その皆さんのためにも4種類の教材テキストをご用意いしてお待ち申し上げております<(_ _)>ですが残念ながら今のところは、メンバーさんと私だけの読書会となっておりますので、文字通り「シルバーバーチ読書会」となっておるんですが、やはり場所柄もあるのかどぅか、ただ音読学習をするだけであっても、吸収させてもらえるものが大きいなと、毎回、感じております(^.^)私たちがこの「シルバーバーチ読書会」で目指すものは、『寛容・受動・調和の精神を持つ、スピリチュアリズム戦士』なんですが、正直、天候や諸々の事情といぅ外的要因によって、そのことを忘れがちになってしまう場合もあります……しかし月に一度こぅして集うことによって、その忘れがちになってしまったことを確認するんです。「シルバーバーチの霊訓」と向かい合う姿勢を、同じ場所で同じ時間を共有することにより、そこでは自然と「学びを得たい!」を思う、魂からの欲求が出てくるんですねぇ(^.^)そしてその学んだことや感じたことを、こぅして皆さまに知って頂くことに何の躊躇をすることもなく、学習の一つとして取り組むことができるんです。これは意外だと思われるかも知れませんが、毎回読書会の感想として掲載させて頂いている「感想文」は、皆さまにも見て頂く前提で、ほぼ音読学習をする時間と同等の時間を要して作成をしております<(_ _)>共に学習をし、共に同じ時間を共有し、そこから感じたこと、思うこと、考えることなどを一端持ち帰ってもぅ一度ふり返るのではなく、そのままにお伝えするといぅ方針から、そぅさせて頂いてる次第でございます。そぅすることによって私たちが教材項目からどのよぅにどのよぅに感じたのか、これをダイレクトに知って頂けるだけでなく、私たちの読書会ごとの歩みと成長も一緒に見て頂くことができるとも思っておるのです(^.^)そしてこのことをご覧いただいてる皆さまの中にもきっと、私たちと一緒に学習をしたいと思ってくださる方が居られるのではないか……この希望も持ちながら、皆さまに「感想文」をご覧頂いてるのでございます<(_ _)>さて今回は、『シルバーバーチの教え(上)8章 地上の宗教の間違い』と、スピリチュアリズム普及会さんが公開されている、『スピリチュアリズムの思想 [Ⅱ] 愛の摂理と真実の愛の世界(霊的同法世界)の確立』を、それぞれ音読学習をいたしました。では、各自の感想をご覧くださいませ<(_ _)>(メンバー様) 『私を縛る”教義”  』”「自由」とは、自由であることのありがたさを知った人のためのものです。ここに集っている皆さんは、教義の牢獄から脱したことを喜んでください。そして喜ぶだけでなく、今なお隷属状態にある人々を解放してあげるために努力してください。”(「教え」上124頁)
 自由を奪われるのは、私たちが主体的であることを止めた時です。今では「信条・ドグマ・教義・儀式・祭礼・ステンドグラス・祭壇・法冠・外衣」、宗教的な決まり事をありがたがるあまり、主体的に考えることを妨げられるような人は少数でしょう。しかし霊的にすっかり自由となるまでには取り除かなくてはいけない縛り、教義、想念体がまだまだこびりついています。
 本来物質的である以上に霊的存在である人間がその醍醐味(霊的高揚、霊的叡知)を味わえるようになるためには、物的感覚に浸りきっている状態を脱しなければなりません。 たとえば損得、好き嫌い、見返りの有無、地位の上下…これらをあまりにも当たり前のものとして受け入れ、間違った土台にしてしまっていないだろうか。
 注意していないとこれらはすぐに私にまとわり着き、霊的自由を奪ってしまいます。 「奉仕(サービス)こそ大霊の摂理」 「奉仕精神のないところには荒廃が生まれます。奉仕精神のあるところには平和と幸せが生まれます。」(「教え」上127頁)
 奉仕以外になにか頑なさがあるならば、それが自由を奪う教義へとつながってしまうでしょう。 (藪中)本日は『シルバーバーチの教え(上)8章 地上の宗教の間違い』と、『スピリチュアリズムの思想 [Ⅱ] 愛の摂理と真実の愛の世界(霊的同法世界)の確立』を、音読学習いたしました。「地上の宗教の間違い」では、とにかく「信条・ドグマ・教義・儀式・祭礼」等にこだわるキリスト教に対して、シルバーバーチはことごとく批判をしていて……「〝ナザレのイエス〟と呼ばれた人物を通して顕現した霊は、二千年前に開始した使命を成就すべく今なお地上界へ働きかけています。その間、数え切れないほど十字架にかけられ、今も毎日のように十字架にかけられています。」(『教え(上)』P139)と、痛烈な批判の言葉を述べています。と同時に、イエスを物質界へ降誕させた「霊力」と同じものが、スピリチュアリズムとして私たちの背後で働いているとも語ってまして、ただ一方的に批判をするのではなく、『大霊の摂理(法則)』の働きが、イエスの時代からも確実に在ることを、力強く述べているよぅに感じました。では、その『大霊の摂理(法則)』の中でも、〝最も私たちが学んで吸収して行くべきものは何か?……〟なのが、次に学習した『スピリチュアリズムの思想 [Ⅱ] 愛の摂理と真実の愛の世界(霊的同法世界)の確立』からの、「利他愛の法則」だったよぅに思いました。「利他愛の法則 = 利他性の法則」は、ただ与えること、与え続けること・完全に与え尽くすことだけです。いっさいの見返りを期待せず、与えるだけで良しとすることなのです。(テキストより引用)これは高級霊たちを中心にした霊界人さんたち私たちにしてくださってる、「スピリチュアリズム運動」の本質だと思いますが、私たちも今の生活の中で一番学ぶべき、高度な精神ではないかとも思いました。また、この「利他性の法則」には、「多く与えれば、多く与えられる」と言う、『愛に関する第2の摂理』が含まれていますが、それを知らずとも、ビジネスの真髄のよぅに活用される場合もあります。しかしそれは、霊的次元での「霊的宝(神の愛・霊的幸福・霊的成長)」を得るためのプロセスなので、結局のところ「利己性」を含むビジネスに、そのう法則が摂理として働くことはないとも思いました。いずれにせよ私たちは地上で生きていながらも、この「利他性の法則」から外れて「霊的成長」を得ることはできません。ならば、その「利他性の法則」を最大限に活用することが、最高の地上人生になると思うんですが、それは同時に、最高の宗教でもあるんじゃないかと、今回の学習で思いました。以上が、今月の読書会の感想になります。私たちは二人は、これまでの生き方も今の生活もまったく違う人生を歩んでおりますが、二人とも『関西シルバーバーチ読書会』さんへ参加し、自分たちの『初めてスピリチュアリズムを学ぶ会』にも参加し、「スピリチュアリズム・ブログ」も発信しております(^.^)これは、〝これからの地上界には、絶対にスピリチュアリズムの普及が一番必要だ!〟と言う思いと、何としてもこの地上界で生きている間に、「霊的宝(神の愛・霊的幸福・霊的成長)」を得たいと言う、「霊的価値観」を共有しているからなんですょねぇ(*^^)vですから毎月自分たちの読書会へ集い、こぅして学習をして感じたこと、思ったことを皆さまに見て頂くことは立派な「霊的活動の一環」だと、二人とも自覚をしている所存でございます<(_ _)>私たちはどなたが新しく来られても、その方のために精一杯、一緒に学習をさせて頂きます。もぅすでに学んだ内容であっても、復習として、その方に合わせて勉強をさせて頂きます。そしてその方と共に、また新しい読書会の歩みをして参りますので、どぅかこんな私たちでも宜しければ、一緒に「霊的成長」を目指して行きましょう!(^^)!今回もご覧下さいまして、ありがとうございました<(_ _)>

2018.5月の感想文

少し曇りの天候でしたが、5月の『初めてスピリチュアリズム学ぶ会』を行うために、『夙川公民館』まで行ってまいりました(^.^)今回はメンバーさんはご用事でお休みだったので、私一人で行ったんですが、厳密に言えば一人ではなく、守護霊さん、一昨年・昨年と続けて幽界へ行かれたおふくろ様と親父殿、12年前に他界された私の奥さん、そして遠くに居られる私の友人の思い……この霊的な存在の5人の皆さんと一緒に、シルバーバーチ読書会をさせて頂いたのでございます(^.^)ただ当日の現場は、何か親子さんたちの催しのための準備をされてまして、いつにもなく大勢の人たちが会場の外にも中にも集まっておられましたが、つい〝あぁこの中の一人でも、シルバーバーチに出会ってくださったらなぁ……〟と思ってしまいました(笑)早速、教室のドアには……「私たちはシルバーバーチ読書会を行っています。もしご興味があれば、飛び込みこみでも歓迎いたします。」の内容を書いた用紙を貼り出したのですが、今回は誰も入って来られませんでしたねぇ(笑)ただ、地上の人間として読書会を一人で行うことは、先輩の皆さんも通って来られた道のりです。私の場合は最初っからメンバーさんが居られますので、そぅ言う意味では恵まれておりますが、僭越ながら大事なのは、一人っきりでもその場所で必ず行うことじゃないかなと思います<(_ _)>勿論このことは、先輩諸兄の皆さんも同意してくださると思いますが、一つには霊界側に対しての意思表示にもなるんじゃないかなと、思うんですねぇ(^.^)『ほんとにお前さんは地上を離れるまで、読書会をやって行く意思があるのか?……』『生活で何があろぅとも、必ず続けて行く意思もあるのか?……』これらに対して意思を見て頂くためにも、実践をして行かなくちゃならない。読書会をするって言うのは、この意味も大いにあるんじゃないかなと思っております<(_ _)>でも昨年度中は何回かお恥ずかしながら、教室で居眠りをしてしまいました(>_<)その頃はそれも仕方ないと思っておったんですが、その頃からまだ数カ月しか経ってなくても、今の自分はそぅいぅわけには行かないもんですから、今回はキッチリいたしました(^.^)ま、睡魔に襲われたのは確かですけど(笑)まぁでも、こんな話しをするってことは、まだまだですじゃねぇ……とにかく午後4時まではその教室に居らなあきませんので、できるだけ多くの学習項目をこなすよぅにいたしまして、『シルバーバーチの教え(上)一章~三章』と、以前にも学習した普及会さんからの(『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「善悪観」)を、音読学習いたしました。実は両方とも昨年度も学習しているんですが、やっぱし間を置いて復習をすると、また新たな側面から見えてくることや感じることがありまして、同じ教材であっても、違う勉強をしてるよぅにも思いました。ただ感想文では、その辺が上手に表現できてないんですが……〝是非ともこれらの学習内容は、皆さんにも読んで頂きたい!〟――この思いも出て参りましたので、ここではその補足とさせて頂きたい所存でございます<(_ _)>やっぱし勉強するって、良いもんですねぇ(*^^)vでは、お粗末な内容ですが、学習し終わったときの私の感想文を見てやってください<(_ _)>(籔中)本日は私一人だけの読書会でしたので、『シルバーバーチの教え(上)』の「一章 通信霊シルバーバーチについて」「二章 シルバーバーチの霊界通信の目的」「三章 霊界を挙げての大計画」を、前半では音読をいたしました。この3つの章は、スピリチュアリズムとシルバーバーチを理解するに当たって、最も重要なしょうであると『関西SB読書会』さんでも教えて頂いております。それだけに「霊的真理」を持って地上の私たちの魂を目覚めさせ、鼓舞して行くことが目的でもあると、シルバーバーチは熱く語っているように感じました。この『シルバーバーチの教え』は、シルバーバーチとスピリチュアリズムを学ぶ上での「入門書」と言ってもいいほどの内容ですが、基本学習になる「抜き出しチェック」が最も多いのも、これら一章~三章になります。この基本学習の後は、スピリチュアリズム普及会さんからの(『シルバーバーチの霊訓』の画期的な「善悪観」)を、後半学習として音読いたしました。これは以前にも学習した内容でしたが、「神の摂理に善悪の基準をおく」の意味が、先の「教えの一章~三章」ともリンクしていると思いながら、読み進んで行きました。また自分の霊的成長を「善悪を量る尺度に用いる」ことも改めて勉強ができ、これからに役立てて行きたいとも思いました。以上、お粗末な感想だったんですが……例え音読だけの学習であっても、勉強にはなってるってことを最後にお伝えしたいと思います<(_ _)>これは『関西SB読書会』の今の主催者さんからも、前の主催者さんからも教えて頂いたことなんですけど……『私たちが肉体を脱ぎ棄てて霊に戻ったときは、どんなことも必ず覚えている!』――です(*^^)vこれは頭(脳ミソ)では別のことを考えていたとしても、霊としては覚えていまして、それを鮮明に思いだすことができると言う意味なんですねぇ(^.^)頭(脳ミソ)では記憶がうる覚えでも、霊ではキッチリ記憶されてるんですが、これは大変大事なことでして、永遠に生きて行く『霊界』において、ムチャクチャ為になるってことを意味します。先ほどはたった数ヵ月前の自分と今の自分を比較しましたが、これは地上ではたった数か月であっても、実は霊的に見たら、数年~数十年の開きがあるんです(^.^)霊的なことに時間は関係ありません。この数カ月で先輩諸兄のみなさんのよぅに、私も成長ができたのでございますが、成長には際限がございませんので、凄いとかまだまだと言う次元ではないんですねぇ……ハッキリ言ったら、ナンボでも成長されますし、ナンボでも置いて行かれます(>_<)んで、成長して行けば行くほど、この地上界であってもまるで霊界のよぅに、「別の界層」に行くことになりますので、ほんとにお恥ずかしいんですけど、昨年に居眠りをしていた自分は、何かがまだ足らなかったよぅにも感じております……ただし、下がるのすぐに下がります(笑)けどそれを「計る尺度」って言うのが、今回学習したところかなとも思いました(^.^)もし宜しければ、皆さんも学習してみてくださいませ(*^^)v今回も覗いてくださいまして、ありがとうございました<(_ _)>

2018.4月の感想文です(^.^)

デカイ写真ですが、『夙川公園』は季節ごとに色や景観を変えるので、今はご覧のよぅに端午の節句に向けて、自治体も演出をされてるよぅです(^.^)でもこの4月の頭は桜が一杯だったんですが、もぅ2週間も経ちますと青々とした緑一色でして、ほんとに自然といぅのは期間の短い・長いに関係なく、摂理通りに動いているんだなと思ったんですが…そんな中、今月も読書会を行って参りました(^.^)今月の学習テキストはスピリチュアリズム普及会さん発行の、『シルバーバーチの教え(上)七章 正しい祈りとは』と、同じく普及会さんが発表されている『スピリチュアリズムの思想Ⅱ 愛の摂理と真実の愛の世界(霊的同胞世界)の確立』でして、この2つを前半と後半で勉強して参りました。思想からのテキストは一章~五章までだったんですが、この全体の半分までであっても、十分に感じ入るところや新たに学べるところがありまして、私などは感想に書き切れないほどの収穫があったよぅに思った次第です。また、『正しい祈りとは』のほうも、幾度となく読んでるはずなんですけども、その度にチェックを入れる箇所が増えております。それが同じ個所であっても、ここからここまでをブログの中で紹介しようと思ったりいたしますので、やはり繰り返し学習することは、ムダになることはないんだなと、思うことしきりでございました(^.^)晴天にも恵まれて少し汗ばむほどの気温だったんですが、教室内は相変わらず静かで、少しひんやりとした空気感に包まれておりました。ですが、やっぱしそこには守護霊さんも居られ、私たちの親族だった方々も、一緒に学習されてたんじゃないかなと思ったんです(^.^)今回はそんな皆さんのためにもなる、『愛』についての学習だったよぅに思いました。では、各自の感想をご覧くださいませ<(_ _)>(メンバーさん)「最大の法則」 (質問)「霊的法則の中でも一番大切なものといえば何でしょうか。」 (答え)「”互いに愛し合うこと”ーーーこれが最大の法則です。」  「互いに愛し合うこと」というのは、霊訓によく出てくる他の表現としては「人のため」「自分を人のために役立てる」だろうと思います。
  愛というと面映ゆいというか照れ臭い。なんだかすこし神聖で特別なことのような語感を感じてしまう。「人のため」はもうすこし一般的だけれどやはり少し肩に力が入っているというか、自然体でないように感じる。でもこの最大の法則は、最大であるがゆえに実はもっともありふれていて当たり前のことなのです。 「愛」とか「利他」とか「人のため」と口にせずに、まわりの森羅万象を見渡せば、全ての存在が、今まさに営み続けていること、互いに支え合いそのなかでそれぞれの生き方、在り方を謳歌している。そのことに気づくのです。
  森羅万象のなかではこのように当たり前になっている愛のサイクルが、人間の間にくると途端に回転をやめてしまう。だからこんな当たり前のことをわざわざ意識しなければならなくなる。 霊訓に学ぶのはもちろんですが、もっと自然を参考にせよ、と言いたい気がします。 (籔中)『シルバーバーチの教え(上)七章 正しいいのりとは』「すべての祈りは自らを高めようとするところから発するものです。人の役に立つことを願う祈り、知識や光明、叡智や導きを求める祈り、こうした祈りはすべて魂の進化の現れです。」(P118、後ろから6~後ろから3)初めてこの章を読んだとき、この一節がもぅ一つ理解できなかったのですが、自分の部屋でも読書会でも祈りをするうちに、頭ではなく、精神的なところで分かってきたよぅに思いました。決して自分の成長を意識して祈るのではないんですが、霊の部分、魂の部分では、間違いなくそれを望んでいるよぅに思います。「幽界 → 霊界」と成長するにつれ、必ず人は自分の成長を願うよぅになると勉強してますが、祈りを積んでいくうちに、そのことが本当だと思うよぅになりました。『七章 正しい祈りとは』に引き続き、普及会さんからの『スピリチュアリズムの思想Ⅱ 愛の摂理と真実の愛の世界(霊的同胞世界)の確立』を、音読学習いたしました。1章~5章までの学習でしたが、後半の「(5)愛に関する第2の摂理」の中で、「愛のサイクル発展の法則(多くを与えれば与えるほど、多く与えられる)」は、前半で学習した『正しいし祈りとは』と、何かしら関係性があると思えて、興味深く思いました。「いつもこう申し上げているのですーー施しをする人は必ずそれ以上の施しをしてもらっており、差引勘定すればいつも戴いたものの方が多くなっていると。施す者が施しを受けるというのが摂理なのです。なぜなら、施しをしようとすることは魂の窓を開き、精神を広げ、心を大きくすることであり、その広くなったチャンネルを通して愛と導きと保護の力が流れ込むことになるからです。」( 『シルバーバーチの霊訓(2)』(潮文社) p.124)このことは「利他愛の法則」として知っていたのですが、今回改めて学習をして、胸に響いてきました。〝あぁ、あの方もこの方もきっとそぅうだろぉ!〟と頭を過りながら音読をしたのですが、『愛』はやっぱし本当に深くて大事なものだと、思えて仕方ありませんでした。このシルバーバーチの引用までの流れは、是非にも多くの方に読んで頂きたいです。本当に胸にグッ!とくる内容ばかりでした。そして自分の内面でも目指して行ける指針だと感じました。以上が私たちの感想になります(^.^)同じ空間で、同じ時間を共有し、同じ空気感を甘受しながら同じテキストを学ぶ。にもかかわらず、個人の感想は違って参ります。それは当たり前だと思われるでしょうけど、敢えて言わせて頂くと、言葉には現れない何倍もの学習が常にできていると思うんです(^.^)感想文ですから、区切り的に表現をしていると思うんですが、細かいところや別の側面で思うことなど、ほんとに沢山のことを感じながら勉強しています。音読だけですので、たった一時間かそこらで学習は終わるんですけども、一度に詰め込んだ感じではなくて、ほんとに入ってきて、しばらく日数が経っても残っているんですょねぇ(^.^)その割合が長くなってきているのは、相応に私たちが成長できたからかも知れません。今月の読書会で丸一年が過ぎたんですけど、間違いなく一年前より濃厚です(笑)是非この時間と空間を、これをご覧くださってる皆さんにも味わって欲しいと、メンバーさん共々に願っておりますので、私たちと時間を共有しても良いと思ってくださるなら、どぅぞ遠慮なく、『初めてスピリチュアリズムを学ぶ会』へお越しくださいませ<(_ _)>ご覧くださいまして、ありがとうございました<(_ _)>

2018.3月の『読書会』を行いました(^.^)

この24日(土)に、『3月の初めてスピリチュアリズムを学ぶ会――シルバーバーチ読書会』を開催して参りました。気温はまだ肌寒かったんですが、夙川と言えば、関西でも屈指の「桜の名所」でもございますので、まだ3分咲き・4分咲きにもかかわらず、早くも「花見」を楽しんではる皆さんがおられました(^.^)そんな中、メンバーさんと『シルバーバーチ読書会』を行ってきたのですが、残念ながら前回でお伝へいたしました、「飛び込み」で来られたご婦人の方は、今回はお越しになられませんでした…こりゃもぅ、仕方ないことでございます。色んな事情がございましたでしょうし、色んな思いもおありになったでしょうから、お約束を頂いていたとはいえ、ご参加されなかったことに、些かもこちら側が思うことなどはございません。むしろそのほうが、自然だとも思えます(^.^)ただ、ご婦人の方には感謝をしなくてはいけません…このサイトの「読書会の主旨の説明文」の中では、見学を兼ねた学習参加であっても、予めご連絡だけはくださいとお願いをいたしておりますが、当日の教室のドアには前回でも見て頂きました、「飛び込み参加でもOKです」と告知をいたしております。ならば、それ相応のテキストなどをご用意するのが然るべきです。それを私たちは作成してなかったんですねぇ…思い付きで、「当日ぐらいは、こんな告知を貼っていてもかまわないだろぅ!」と考えてしまってたんですが、その実は何も用意をしてなかったので、今思えばとても恥ずかしいことです。ですがこのご婦人のお陰で、ほんとに飛び込みで教室に入ってこられても、すぐにその方のために切り替えれるテキストを、作成することができました(^.^)その方がシルバーバーチ、スピリチュアリズム、または既存の宗教の本質、その宗教に対してスピリチュアリズムはどぅ違うなどに関して、まったくの「無知」でおられても対応できるテキストが出来上がりまして、それを今回の学習の後半ではメンバーさんと共に、煮詰めていく作業に当てた次第でございます。その前に今一度、私たち自身も確認をしておくために、前半では『シルバーバーチの教え(上)一章 通信霊シルバーバーチについて・二章 シルバーバーチの霊界通信の目的』を音読学習いたしまして、今回の感想はその分になって参ります。ですが、このことも含めたテキストを煮詰めることは、やはりご婦人が来てくださったお陰でございます…シルバーバーチはこの世に偶然などないと言っておりまして、これは霊訓を読みだしてまっ先に覚えることでもあると思うんですけど、それが本当だといぅことを改めて、今回のご婦人を通して教えて頂いたよぅに思いました。また本来なら、「スピリチュアリズムに出会う時期のきた人」に出会わせて頂けるよぅに、祈りをして待つのが本当の姿勢でもあるはずですが、それを重々承知しながらも、決して広く宣伝するのではなく、自分のブログとこのサイトの中でのみさせて頂いております。これはこの1年間に及んでさせてもらってましたが、「本当にメンバー共々にそれを望むのか?」「本当にそのための準備はできているのか?」と、問われた一年だったよぅに思うんですねぇ…そして来月で一年になりますので、追い込みにはなってしまいましたけど、ここへ来てようやく、これらの問いに応える結果がメンバーさん共々に出せたと思います。私たちはこれからも、この活動を変えることなく続けて参ります。ほんの気持ち程度のPRは私たちの意思表示をするためでもあると思い、その本当ところではやはり一人でも多くの方に、初めてでもスピリチュアリズムを知って頂きたいのでございます。前回のご婦人は先に亡くなったご主人が、やたらラップ音を鳴らしてはると仰っていました。それはまだご主人が、「死の自覚」をされてないのかも知れません。でもそれがどぅしてなのかと言うことを、ご婦人の守護霊さんが、私たちに会わせることでお教えになられたかも知れないんですねぇ(^.^)そのたったの一回の出会いであっても、スピリチュアリズムには十分なはずです。そればっかりに専用に使われると思われよぅが何だろぅが、現実には私たちのためにもなり、そのご婦人のためにもなったのでございます。これこそこの場所で、シルバーバーチ読書会を開いた意味があったのだと、私は思うんです(^.^)ひょっとすると新しいメンバーさんが増えるのは、これからもっと先になるかもですが、それでもたった一回の出会いでも大きな霊的意味があるならば、この読書会は続けていきたいと思いました。では、各自の感想をお読みください。(メンバーさん)「霊的成長のステップ」
  地上人の霊的成長のステップは、まず真理に目を開かれること。シルバーバーチの言葉が人生の役に立つことに気づいたら、それを一過性にせず目を開き続けさらに次のステップへと進んでいかねばならない。それと並行して、まだ目を開かれていない人々に真理を伝えていくことにも取り組まねばならない。
  真理を人生の指針とし、大霊の摂理に沿った生き方を心がけるようになれば「人々の心は安らぎを覚えることでしょう。宇宙の深遠なリズムと調和し、不和も対立も消えてしまうことでしょう。そして、それまでとはまったく違った新しい生活が始まります。」
  新しい生活とは、手にした真理にとどまるのではなくさらに探求し続ける生活です。 「知識はすべて大切です。これだけ知っていれば十分だ、などと思ってはいけません。私は知っていることを残らずお教えしようと努力しているのですから、あなた方はできるかぎり多くの知識を吸収するように努めていただきたいのです。」
  シルバーバーチが霊界に帰った今となっても、真理を探求し続ける魂には霊界から次々とインスピレーションが送られてくるはずです。なんとダイナミックでエキサイティングなことでしょうか。(籔中)今回の教材は、『シルバーバーチの教え(上)一章 通信霊シルバーバーチについて』と同じく『教え』の 『二章 シルバーバーチの霊界通信の目的』を、音読学習いたしました。改めてこの二つを音読してみると、これまで月に一度『関西SB読書会』さんで学んできた「スピリチュアリズムの根幹」が凝縮されてるように思い、また違った感銘を受けました。   「人生を本当に理解するためには、その一つひとつを吸収していくほかに道はありません。    このことは人生における物質的な側面に限らず、霊的な側面についてもいえることです。」                                                                                                           (『教え(上)』P37/3~4)今までこの文章以外のところに、学習した記しや自分でいいと思ったチェックを入れていたんですが、今日はこの部分が自分の中にストレートに入ってきました。思えばスピリチュアリズムに出会う前と出会ってからの、「2つの人生」を歩んでいるんですが、シルバーのこの言葉のよぅに、物的・霊的にも自分の人生を送っております。でもまだまだ振り返って見て、本当の理解ができているのかどぅか…そぅ言った意味ではないかも知れませんが、肉体からの欲求や感情も背負いながら今までやって来ましたので、何でもないよぅなこのシルバーの言葉に、不思議とどこかで泣いているよぅにも思ったんです。もっと沢山の素晴らしい言葉が、それこそ凝縮されていた『一章・二章』なのですが、音読をしている中で今日はこの言葉を、シルバーが私に語ってくれたよぅに感じました…以上が今回の感想になります(^.^)この感想を各自がそれぞれ書いたあとに、テキストの煮詰め作業をしていったんですが、それもアッといぅ間に過ぎてしましまして、今回もほんとに「濃厚な霊的な時間(とき)」を過ごさせて頂けたなと感じております<(_ _)>さて、今回も色々と思うところを綴らせて頂きましたが、どぅいった形でどぅいったアプローチにせよ、動機が正しいのならば、スピリチュアリズムは半年・一年の期間で、ちゃんと答えてくれるんじゃないかと実感するんです(^.^)まだまだほんとに多くの方々が、潜在意識になる霊性を眠らしているままだと思いますので、私たちがどんなことを学んでいるのかを知ってもらいながら、そんな皆さんへの『心のノック』ができれば良いなと思ってる所存でございます<(_ _)>是非々遠慮なく、「飛び込み」でも準備万端ですので、どぅか私たちと共に学んでくださいませ(^.^)

2018年度、初めての読書会を行いました(*^^)v

1月も中旬を過ぎると、もぅすかっりお正月もずっと前のよぅに感じますが、この1月20日に2018年度、初めての読書会をさせて頂きました<(_ _)>前日はそのための準備で丸一日を使いましたが、なんせ年を越えて行うのが初めてなもんでしたから、直感でテキストは決めてしまいましたけど、学習し易い工夫を自分なりにいたした次第でございます。ですから正直、ほとんど内容は読み返すことなく、コピーと修正と印刷の作業に追われていたんですが、当日に学習をいたしますと、ものの見事に今の自分に対して、とてもダイレクトに訴えかけてくる内容になっておりました。学習テキストは2項目で、それぞれ共に普及会さんからの、『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ 七章 ああ、真白き大霊よ…』と、『スピリチュアリズムの思想[Ⅲ] 6.より高次の霊的人生を歩むための秘訣 (1)高次元の霊的人生を歩むための3つの秘訣』でした。これは時間配分も考えて、内容が短いのと長いのに分けたつもりやったんですけども、両方に共通点を見ることもできまして、お互いに音読しながらの学習でしたが、休憩を挟むことなくストレートに読んでもまったく違和感もなく、より深く勉強ができたよぅに思いました。ここで勉強と表現をしてますが、この場合の勉強は、まるで自分を洗うよぅな内容でして、それはほんとに誰かに教わらないと分からない部分でもあったと実感をしたんです(>_<)人はどんな人生を歩んできて今がどんな状態であろぅとも、自分では気づかないことや分からないことが、思うよりも細かく沢山あるんだと思います。それを月に一度集まる読書会で学べたことは、ほんとにありがたいなと思いました(^.^)がしかし、学ぶだけではダメでして、学んだことを普段の生活の中にも取り入れて、実践をしなくてはなりません。でも年の初めの読書会で、この一年の基本的なベースとなり得ることを学習しましたので、これを叩き台にしながら、今年一年も頑張って行こぅかなと思います。もし皆さんもお時間があれば、是非、スピリチュアリズム普及会さんのサイト内で、『スピリチュアリズムの思想[Ⅲ] 6.より高次の霊的人生を歩むための秘訣 (1)高次元の霊的人生を歩むための3つの秘訣』を、お読みになることをお勧めいたします(*^^)vでは、各自の感想文をお読みくださいませ<(_ _)>(メンバーさん)「道具意識」 真摯に人の為に役立とうとするときに、霊力をいただくことができると霊訓になりますが、それでは何をすることが本当に人のたつことになるのか、考えたいと思っていました。 落とし物を拾ったり、重い荷物を持ってあげたりするのも、人の役に立つことですが、その人の心(の琴線)に触れるまでは至らず、ラッキーと捉えられたり、甘やかしてしまうことに、なるのだとしたら、本当にその人の役に立ったとは言えないのではないか…「案ずることはありません。あなた方は自分なりの最善を尽くせばよいのです。もうこれ以上はできないというところまで努力したら、それ以上はムキにならず、後は私たちに任せる気持ちにおなりなさい。」『シルバーバーチの霊訓(9)』(潮文社)P.160何が役立つかどうかの判断は、私たちにはできないのですね。大事なのは、自分は霊界の道具だという意識。これをどこまで徹底して持っているかなのです。〝純粋な道具意識を持ち続けてさえいれば、必ず最高の奉仕の場が与えられるようになるのです〟PS. 今年の抱負 ・新たなコミュニティーに参加する(教養に関する) ・体力増進(籔中)2018年度初めての『初めてスピリチュアリズムを学ぶ会』でございました。学習したテキストは『道しるべ』の「七章 ああ、真白き大霊よ…」と、普及会さんからの『スピリチュアリズムの思想Ⅲ』「高次元の霊的人生を歩むための3つの秘訣」でした。私はこの1月の中旬までに、何とか霊界へ行くまでに克服したい大きな課題の〝お試し〟がやって参りまして、それをパスできなかったんです…でもそれで落ち込んでは居られないので、何とか切り替えて、本日の読書会を開催いたしました。テキストを選ぶ際は100%直感に頼ったのですが、読書会での学習が進むにつれて、まさに落ち込んだ自分へのメッセージでもあるかのような内容でございました。こぅ言うと、〝自分で選んでおきながら、当日まで内容を知らなかったのか?〟とお思いになられるでしょうが、音読がし易いよぅにコピーと印刷の作業に追われていましたので、正直、詳しく内容を読んでいなかったのでございます。選んだテキストは不思議とどちらにも共通性が見られたのですが、「高次元の霊的人生を歩むための3つの秘訣」では、ここに書き出すには余りにも多い勉強内容がギッシリと書かれてありました。「道具意識」 「犠牲精神」 「霊的視野」これらの3つの秘訣の主な概要がまとめてあったんですが、その一つずつの項目に「自分を省みる」ことと、「自分を変革」していくための、まさしく秘訣が随所に述べてあったんです。これこそ〝ああ、自分は間違っても失敗しても、一から正してやり直して行く秘訣だ!〟と思えてなりませんでした。直感で選んだテキストでしたが、これはこの一年間を頑張って行くための指針になる内容だと思いましたので、度々ふり返って学習したいなと強く思いました。一年の抱負 ・決して焦るつもりはありませんが、今まで以上にもっと真摯な思いで、〝私たちと志を共にしてくださるメンバーさんを、どぅか導いてください…〟と、常に祈りを捧げたいです。そして3人・4人と共に、『霊的成長』を目指して行きたいです。以上が各自の感想文でございます。休憩を挟まずに音読をしても1時間ほどで終わる内容でしたが、ぶっちゃけ時間など長いも短いもないなと感じました。各自にストンとくるものがあればそれで良いんだと思いますし、そこには理屈では計り知れないものがほんとにあるんだと、確実に実感できたんです(^.^)そしてこれは私たちだけではなく、スピリチュアリズムに出会われた方にも共有して頂きたいと、心底から思いました…もしも私たちの感想文から共感を感じでくださるなら、是非にも私たちと一緒に、『霊的知識・真理』の時間を過ごしてみてくださいませ<(_ _)>

2017年、最後の読書会を行いました(*^^)v

12月23日に、2017年最後の読書会を行って参りました。教材は『シルバーバーチの教え(下巻)』から「十五章 交霊会の舞台裏」と、「十六章 交霊会についての誤解」を用いりまして、各章を音読&輪読をいたしました(^.^)今年は最後でもあるので、けっこう数日前から意識も高めておったんですが、今回は読書会が終わったとたんに〝ストン!〟と何かが落ちる感覚がありまして、私の場合、よくブログを書き終わったあとにそんな感覚にもなるんです。でも『読書会』では今までそんな感覚はなかったんですけど、要はグッと高まった意識が、素の自分に戻るよぅな感じなんですねぇ(笑)ですからそぅなったあとは、むちゃくちゃギャップがでちゃって、返ってしんどくなり、気が抜けたよぅになってしまうんですが…帰りの道中で、まさしくその通りの結果が待っておりました(>_<)一つは大勢の人波の中で車いすのご老人が一人で移動してはったのに、なんにも補助をせずにすれ違ってしまったこと。もぅ一つは、地元の駅に帰ってエレベーターを待っていたとき、バスに乗り遅れたくない気持ちとヘルニアの痛さから、つい軽~くドアを杖で突いてしまったんですねぇ…それが響いて一階でエレベーターに乗る人たちに聞こえたよぅでして、降りながらオジサンたちが〝あの杖の兄ちゃんがさっき叩いたんやでぇ…〟と小声で言っておりました。ま、これだけならワザワザここでは書かないんですが、そのエレベーターにはベビーカーと一緒に若いお母さんも乗ってはって、降りしなに〝キッ!〟と睨まれちゃったんですょねぇ…どぅしてこれらをしてしまったのか、先の車いすのご老人のあとに後悔してたのに、もっと後悔することを、脚が痛いのがガマンできずにやってしまいました。普通ならこんなことは誰もされません。車いすも補助されますし、エレベーターも黙って待ってはるでしょう…読書会の前日に自分のブログで、スピリチュアリズムに出会ってからの3年間は内面葛藤の内省ばかりでしたと綴ったところやのに、当たり前の利他的実践が未だに出来てないなんて、「羞恥の極み」以外の何物でもございませんじゃョ(>_<)ここに等身大の素の自分を見たよぅに思いました…〝自分は人に偉そうにいぅほど、出来てねぇじゃねぇか…まだまだやんかぁ?…〟この内省はキツく、結局、眠るまで引きずったんですが、一夜明けた今日に、兄と慕う方とお話しする機会があったので、人生の先輩として上のことをお話ししたんです。私は自分の霊性がまだまだやと思ったんですけど、その先輩も50を越えてから、イライラしたり、短気になったりし出したらしく、それは〝男性更年期障害〟の現れやでと指摘されました。ぶっちゃけ車いすのご老人は、車いすやのに足首を動かしてはりまして、かなり慣れた感じで難波駅を移動されていました。それもけっこう速かったですねぇ(^.^)ほやから補助をしなかったことに、さほど大きくは後悔をしなかったんですが、次のエレベーターはやったらアカンことです(>_<)が、そこに気を付けなアカンことが潜んでたんですねぇ…これは勿論、乗られる方に失礼ですし、響いて聞こえたなら、ちょっとした恐怖感も与えてしまっています。それとは別に自分が逆やったら、腹が立つことやったでしょう。でもほんとにこんなことは初めてやったので、自分でも予期しないことをやってしまう傾向が見られたのは、非常にショックが大きかったんです(*_*;でもでも、これはひょっとしたら皆さんの日常でもあることかも知れません。昨今は高齢者が〝キレる〟事件が多い傾向にあるよぅですが、やはりそれは霊性の未熟さと更年期障害が合わさったものやと思います。社会から疎遠になればなるほど、その傾向も著明になってくるとも思うんですが、私もそれに当てはまり、やっぱしまだまだ未熟なんだなと思い知った次第でございます…でも事件にもならず、ことが大きくなる前に気付いたのは良かったと思うんです。だってこれからも何度も、お世話になってる『関西SB読書会』さんや、自分の読書会へも出向いて参りますので、こぅいったケースには必ずこれからも出くわしてくるでしょう。ならば次からはちゃんとすればいいことで、ここで綴ることでもないんですが…シルバーバーチや普及会さんが「霊主肉従への葛藤」と仰ってる中には、何も肉食をしない努力とか祈りを実践をする努力だけではなく、こぅいった場面々でも、自分を試されることが入ってるんだと思うんですねぇ(^.^)今回も私は〝霊界の道具として私を使ってください…〟と祈りながら読書会へ参ったのですが、自分自身が思い知る体験をしてしまった上に、それを皆さんにも知って頂くことになってしまいました。でもでも、これこそ隠さずに知ってもらうべきやと思ったんです(*^^)v〝自分はこぅ言うことからも内省が生じて思い知ることがあります…〟〝ただ読書会へ出向いて帰って来る間にも、ほんまに試されることが出てきます…〟〝それはやっぱし霊界の道具として使って欲しいと、願っているからこそです…〟唯一、遠出をする『読書会』の行き帰りで、こぅいった体験をするのは当たり前ですょねぇ(笑)50を過ぎてこんなことをやってしまったのは、ほんまに恥かしいことなんですけども、更年期障害の出だしの上にヘルニア痛も持ってますので、残念ながらこれからも、このよぅなケースは度々やって参ります。兄と慕う方は穏やかな人ですが、それでもイライラとなったり、短気になるときがあるそぅです。ならば私の場合は実践を重ねて霊性をもっと磨き、これらを克服せなあきませんじゃョ(>_<)けどそれが何なのかが見えて、目標とするものが分かるのも、読書会に参加してるからですねぇ(*^^)vこれをもしどの『読書会』にも参加せずに一人で学習をしていたならば、同じ内省がやってきたとしても、落ち込み方がまた違っていたかも知れません。だって私たちは『失敗は成功へのチャンス』やと、ハッキリと教わっていますから(*^^)vこのよぅなことがあった今回の『読書会』でしたが、実はこれも読書会ならではのことでして、自分の悪い面がどぅいったところなのかを、形にして見えるんですねぇ(^.^)だから『シルバーバーチ読書会』は、その日が終わるまでは読書会なんですけども、今回学びました各章では『読書会は交霊会』でもあることを、改めて知ることができたよぅに思いました。では各自の感想をお聞きくださいませ<(_ _)>(メンバーさん)『忘れないでいただきたいのは、私たち霊団の者は、暗闇に閉ざされた地上界へ光明をもたらすために片時も休むことなく全力を尽くしているということです。』(15章 P27)『私たち霊界の者にとって、真理や発見が地上にもたらされるかどうかだけが問題なのであって、地上の誰がインスピレーションを受けるかは、どうでもいいことなのです。』(15章 P30)『何事であれ、一人の人間に幸せをもたらし霊的摂理についての知識を与えることになるならば、それはそれなりに目的を達成したことになります。高いとか低いとかの概念で考えてはいけません。それを必要としている人にとって役に立つか否かの観点から考えるべきです。』(15章 P33)『霊的叡智は、地上という物質界に届けられることを待ち続けています。それが実際に地上に届けられるためには、そのバイブレーションに同調できる通路(チャンネル)が必要となります。』(16章 P36~P37)誰でもいつでも自分にあった真理をいただくことがでえきます。自分が本当に為さなければならないことは何なのか、恐れや不安やおごりやその他、心を惑わすもの一切を越えて、その向こうにあるものをしっかりと心を合わせてインスピレーションを受けとめながら、ミッションに取り組んでいきたいと思います。(籔中)今回は『シルバーバーチの教え(下)』の「15章 交霊会の舞台裏」と「16章 交霊会についての誤解」を輪読し、二人で思うことを意見交換いたしました。二人の共通認識は〝シルバーの言葉はどこを読んで抜き出しても、十分にブログで発信していくことができる〟でして、お互いにブログをしてますので、この観点から見ていくことができました。それほど15章も16章も、素晴らしい言葉のオンパレードのように感じたんですが、特に15章の中では『調和こそが「神の摂理」なのです』と語っていたところが印象に残りましたし、16章の中では、『もっと大切なのは、サークルメンバー霊性の開発です』と語ったところが、凄く胸に響いてきました。この15・16章は章として分けてありますけど続けて読むと、『シルバーバーチ交霊会』がどれほどサークルメンバーのみならず、世界へ向けてスピリチュアリズムを発信しているかを物語っているように思えますし、それだけではなく、今この日本で開かれている『シルバーバーチ読書会』に参加しているメンバー全員にも伝えている内容だと、改めてしることができたように思います。この読書会の場所は、交霊会のような大いなる神殿にはならないかも知れませんが、少なくとも霊界とは繋がる時間と空間にはなって欲しい思いと、そうなっていく努力を重ねていく場所にはしたいと強く思いました。今年最後の読書会でしたが、とても有意義な学習になったと感じました。以上が感想になります。今回も静かな雰囲気の中で『霊的な時間(とき)』を過ごさせて頂きましたが、そのあとに前置きのよぅなことがあったので、それも体験できたことは大変ありがたく思います(^.^)自分を見つめ直す内面葛藤だけではなく、些細な利他的実践からでも勉強になり学習できるのが、やはり『読書会』があるお陰やと痛感しておりますが…皆さんも是非、皆さんなりの実践体験を得るためにも、『読書会』へ参加して頂きたいと思います。皆さんを受け入れるためにも私たちは、自分たちをもっともっと鍛えて精進して参りますので、どぅか来年度からは思い切って、私たちと一緒に学んでみてくださいませ<(_ _)>今回もご覧くださいまして、ありがとうございました<(_ _)>